今年の三連休の第一回が始まった。今年は神事である紀元節(建国記念日)が偶然月曜日なので三連休(四連休も含めて)が10回もある。世の中の不景気は三連休など量産しても少しも良くはならず、却って住民地元の商店街に閑古鳥を鳴かせて苦境に追い込むことになりはしないか。休日を増やすことで消費者のお金を使わす目論みは分からぬではないが、書き入れ時に休日を増やされて困る我々のような零細経営者も居ることを政府は知らないだろうな:-)。労基法では最大で160日も休めるが、土日も休日も年次有給休暇の計算に入れるべきではないか、日曜日も子供を家に閉じ込めて、時間850円パート通いとの落差は何だ!

パソコンや携帯更にはスマホなどの普及により人間誰もが無精になって外へ出掛けなくなり、各種のネット通販や国外通販業者が大手を振って闊歩する時代となった。最盛期年商500億円を誇ったTVでお馴染み日本通販が倒産したのは愕きだったが、此はネット通販への切り替えが上手くできず、40年来の顧客層が高齢化していることに気付かず若年層にターゲットをチェンジするのを怠ったもので自業自得だろう。時の流れに乗るか乗れないかは本当に恐ろしいものだ。我々が子供の頃連れて行って貰う憧れの象徴だった百貨店が煽りを食ってじりじりと衰微しているのも全ては通販が天敵となったのではなかろうか。そして通販が此処まで大きく伸びてきたのは矢張り物流の力であって、76年宅急便を創設したクロネコヤマト創業者小倉昌男氏の大英断であり、日通など既成勢力を護り、新しいものは一瞥もせずに排除しようとする旧套墨守の旧運輸省を相手に渾身の戦いを制しての勝利であった^^。物流も今やクロネコを魁(さきがけ)に佐川に日通更には郵便局まで割り込んでの大乱戦、昔重たい小包を駅や郵便局に担ぎ込んでいたのが夢のようだ^^。ヤマトの宅急便ができた頃は「荷物を送ることなど月に一度もあるものか」と皆笑っていたのに実はそれまでは誰もが当たり前のように重たい風呂敷包みなど抱えてドッコイショと電車に乗り知人や子供の下宿先などに運んで居た。その理由は国鉄や郵便局から配達できるものは駅などに持ち込まないとならないし、時間は不正確であり、更に到着時に壊れて居ることが多く、彼等が決して責任を取ってくれないことにあった。「壊れ物」と大書していても郵便局では昔から集荷場にベルトコンベアなど置かずに荷物を容赦なく放り投げる習慣を忘れないで続けて居たから仕方がない(;;)。
大分以前のことだが「暮らしの手帖」がそれぞれ200個余りの茶碗を送ってテストをした処宅急便は全部無事で、鉄道小荷物は14%郵便小包は実に50%が壊れていたそうだ:-)。此の「暮らしの手帖」の記事が人口に膾炙(かいしゃ)して多くの人が郵便局や鉄道を利用しなくなり、クロネコヤマトの独走態勢が確立されたが、郵便局も民営化して利益の獲得が至上命令となり近年送料を下げてまで宅配便に参入しようと必死になって居るから顧客の苦情に備えてベルトコンベアなども導入しているのだろう。最近ではヤマトか佐川で決まりだった通販のアマゾンも日本郵政扱いが目立ってきたから大口顧客には赤字を覚悟して相当なダンピングをしているように思う。唯日本郵政扱いにされた場合品物の到着がヤマトや佐川より確実に1日(日曜日を挟めば2日)遅くなるから顧客には歓迎されない。アマゾンもそれを知って居る筈だが、歓迎されなくても今日もアマゾンの書籍が郵便配達で届くから余程値を下げているに違いない。ハードカバーの本など結構重いから運んでナンボでない郵便局員が一番の被害者なんだろうな:-)。

丸谷才一さんがエッセイ集に書かれて居たが、終戦後占領軍に命じられて旧字体の漢字を当用漢字に変える際「國」の字をどう変えるか国語審議会で侃々諤々の議論があったそうだ、「くにがまえ(口)」の中の(王)を入れることが妥当だと決まり掛けて居た処、土壇場になって変な民主主義者がでてきて(玉)になってしまった:-)。
「物」という字の右肩にテンを付けて「てんで物にならぬ」と謂う洒落言葉があったが、陛下も王から玉にされてはタマったものではないナ(;;)。
同じく当用漢字選定の際、「盡」が「尽」に変えられることになったが、この字は「尺」と「テンテン」の関係が不安定なのに我慢がならないと丸谷さんは書いて居られる、私も「盡」にある皿を一に置き換えて「尽」の下にどうして据えなかったのか、据えたら座りの良い字になるのに…と何時も思って居た。何時だったか漢検の試験で「尽」の下に一を書いてしくじった(;;)。下に一が付いてないと尽の字はパンツを穿かない女の子が歩いているように思えて心許ない。常用漢字ではないが「丞」なんて字は座りが良くて格好いいよな^^。
パンツで思いだしたが、田辺聖子さんが「どないでっか」、「あきまへん、女の褌ですわ」が大阪商人の日常会話として良く用いられると書いて居られる^^。そのココロは「食い込む一方」だそうだ、品はないが、言い得て妙であり大阪人らしいユーモラスな表現だ^^。関東の方には斯様な大阪の言葉の遊(すさ)びは永遠に理解されないと思う。
此の「女の褌」が昔実際に使用されて居たと述べられたのは、一昨年亡くなられたが文化功労賞を受けられた作家の井上ひさしさんだ。彼の本を読むと彼の郷里山形では15歳になると男も女も褌を締めて若衆宿へ大人になった挨拶に行くのだ。此の行事を「袴著」と謂うそうだが、女性の褌は不思議でも何でもなく、昔は働く女性は昔誰もが褌をして居たと彼は書いている。そりゃそうだろう農作業など労働に従事する女性や、忍者くの一などは裾の長い着物など着て居られないから、裾をたくしあげて帯に挟んで居たろうし、そうなれば俯いた折など、下半身が無防備になるから褌をして居たことは容易に想像できる。史実に拠れば褌は女性の身体の都合からできあがったもので後年男子が真似ることになったのだそうだ。従って褌=「男子の下腹部を覆い隠す布」は実は極く近代になって成立したのだ(゚ロ゚)。処が昔は繊維品が高価であったため農作業の女性の褌の材料は草を乾かし鞣(なめ)して用いて居たが、それでも繊維でないため食い込んで痛かったそうだから、大阪商人の会話は皮肉にも正鵠を得ていたようだ^^。
山形県の出身である井上ひさしさんが子供だった頃は最上川の支流に夏には水泳場が設けられ、泳ぐのは午前中と午後3時以後は女の子、正午から3時までは男の子ときちんと決められて居り、男の子は六尺赤褌で女子は丸裸であったそうな(;;)、褌は兎も角下着を着けないことが男女逆のようだが、子供だし男女の身体的特徴から其れで良かったのだろう。我々が常識だと思っていることでも遡って調べてみると意外と違う事実が分かるもんだな。民俗学の柳田國男や折口信夫などじっくりと読み返してみたいが、私には残された時間がそんなにあるとも思えないし…(;;)。

先週本年始発「週間碁」に23歳井山裕太名人本因坊の結婚式の模様が掲載された。年間51勝して勝率81%は驚異的だ(゚ロ゚)。今年は中国や韓国の連中を是非ともやっつけて欲しい。井山名人の昨年は対局が多くて63局もあり、対局日程がびっしり詰まり、已むなく結婚式も暮れの12月23日に延期されたのだが、ご両人は既に入籍されて同居されていたそうだ^^。花嫁は日本将棋連盟の室田伊緒初段であり、何時も女性棋士を将棋棋士に攫われ悔しい思いをして居た囲碁界にとって朗報だ。此のお二人同じ歳で生年月日まで5月24日と一緒であり、その辺がお互いを意識させる動機になったのかな?入籍も昨年の5月24日だったそうだ^^。恐らく今年の5月24日に出産を目指されているのだろうが、此ばかりは井山名人の力を持ってしても難しいだろうな。初春は来週17日から愈々棋聖戦の挑戦手合いだ、井山名人の6冠は果たしてなるだろうか?

先週の常用漢字の表外読みの答
彼奴は(欠)ばかりしている。(あくび)でした。

今週の常用漢字の表外読みの問題
宴席に(器皿)を並べる、

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「寝る子は育つ」→「寝る子は目立つ」 授業中