昨秋以来の体調不良を引き連れて満身創痍の身体に鞭打ち、年中行事である確定申告を夢中で終えたが、来年は果たして大丈夫なんだろうか?と鬼が笑っても考えてしまう(;;)。
確定申告では何時も悲劇が登場する。今回も家族間の力関係と男の不甲斐なさを思い知らされる出来事に遭遇した。それは50年も前からお得意先であった工務店経営のMさんが7年前資金繰りに破綻して倒産され、国民年金の4分の1が借金払いに天引きされ乍ら、挫けず80歳にもなって未だ細々と車を駆け仕事をして居られるが、不況下のことでもあり半端な仕事しかなく毎年トントンか僅かの赤字続きに終始している。ま、仕事に励んで居る間は惚けずに済むから儲からなくても廉いものであり、永年ご愛顧頂いた感謝の意味から倒産後は無償で確定申告をさせて頂いている。
Mさんはご夫婦でお嬢さんのお宅に寄宿されているが、住民登録の上からは一応別所帯とされそれなりの区別を付けて居られる。然し実質は経済的にサラリーマンであるお嬢さんのご主人の丸抱え被扶養状態は免れない。倒産後私はMさんに所得が38万円以下だからご夫婦共にお嬢さんのご主人の扶養家族に入れて申告されたら税金が沢山返りますよと言ったのだが、家族内で中々意思の疎通が得られないようだった(;;)。然し今回は特に奥様の入院費用でお嬢さんのご主人に多額な出費を負担して頂いたこともあり、お二人を扶養親族にし、医療費控除をされたら住民税込みで50万円位税金が廉くなるから是非にと薦め源泉徴収票さえ頂戴すれば私の方で無料で電子申告するから税金が帰りますと慫慂し、Mさんも漸く重い腰を上げ恐る恐る奥様にお伺いを立てたら、「いやや!」たったの一言で蹴られてしまったとか…(;;)、奥様には還付税金の金額より、扶養されている身であり乍ら、娘を介して婿の収入を知ることの不作法に堪えられなかったかと思うが、何も奥様にお伺いを立てなくてもMさんから直に娘か娘婿に問えなかったものか訝しく思ったものだ。昔は「女三界に家なし」と謂ったが、今や「男三界に家なし」だな(;;)
Mさん曰く、「わて儲かりもせん商売止めよか、思いますねん」さすれば晴れて扶養家族に入れるが、家に居たとてすることなし、粗大ゴミや濡れ落ち葉と言われて直ぐに恍惚の人となるは必定であり、私は「体が動ける内は絶対に仕事止めたらあかんよ」と言ったものだが、この言葉は私自身に向かって言った言葉でもあったのだ(;;)。
皆様は書類を綴じる文具のホッチキスをご存じだろう。このホッチキスに用いられるコの字型の針は容器には「針」と書いてあっても、誰もが疑わずに「タマ」と呼んでいるが何故針ではなくタマなのか長く知らなかった(;;)。処が、最近俵万智さんの短歌エッセイ集「101個目のレモン」に書かれていたのを読んで、ハタと膝を打った。ホッチキスはこれを発明した人の名前だとか…、この人は機関銃の発明者として有名だそうで、その機関銃もホッチキスと呼ぶそうな…(^^)マシンガンの弾送り装置にヒントを得て考案されたのがホッチキスの針送り装置と謂うことらしい。従って針は当然にタマだったのだ。そうだったのか…(^^)
因みに戦後我が国でホッチキスを作るようになった会社は、戦時中にアメリカの機関銃に撃ち落とされた「零戦」を作っていた飛行機会社だと俵さんが書かれていたから世の中って皮肉なもんやな。
私が俵さんのエッセイを読み始めたのは、今年になって彼女が日経のプロムナードに登場されたからだ。彼女は昨年の大震災で已むなく石垣島に逃避されてその儘永住されるらしく、其処での出来事を面白おかしくペンに託されていられるのを読み、ファンの一人となった。
俵万智さんの短歌エッセイ集を読んで居て学ぶことが少なくない(^^)。
“ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの…”人口に膾炙(かいしゃ)した室生犀星、そして “わが名をよびてたまはれ いとけなき日のよび名もてわが名をよびてたまはれ”三好達治、など格調高い詩歌に学生時代より私は長く親しんできたが、短歌は何故か息苦しくて苦手だった(;;)。然しそれは食わず嫌いと云うものであり彼女が選ばれた短歌には人の心を揺さぶるものや心に共感するものが多いことを知り、詠(うた)えないまでも読む楽しみを知った(^^)。その内の一つで深く心に沁み入ったのは彼女が紹介された栗木京子の作品だった。
「観覧車 回れよ回れ 想い出は 君には一日(ひとひ) 我には一生(ひとよ)」
栗木さんは京都大学理学部卒でありながら畑違いの世界に足を踏み入れられた異色の歌人だが、30年前学生時代に創られたと謂われるこの歌は観覧車の回るのが止まるとき、恋の終わりを告げられそうな寂しい予感と「君には一日(ひとひ)我には一生(ひとよ)」のリズム感がとても良くて深く感動した。青春時代の哀歓を吐露した作品ではあるが、この歌も最後の七七の前後を入れ替えると、何故か「恨み節」に豹変するから短歌って恐ろしいよな。
文語体が「決まり」である短歌の世界も最近は著しく変革し、四半世紀前「サラダ記念日」を引っ提げた俵万智の登場以来口語体を交え、然も「五七五七七」に囚(とら)われない種田山頭火の自由律俳句ならぬ自由律短歌まで「あり」となったから、短歌の世界も文語調に拘泥わる旧い歌人は俵流下剋上の勃興により安住する住処を失って戸惑い、頭の切り替えに右往左往だったろうな。
好奇心の強い私は遅蒔き乍ら早速アマゾンに「短歌を楽しむ」を発注し、到着した本を見ると作者はナント!「観覧車」の栗木京子だった(^^)。
この入門書には読者が短歌に馴染み易いように平易に書かれており、栗木さんが練習問題として短歌のクイズまで登場させて居られたから興をそそられたのでその一つをご紹介しよう。
問題  ( )の中に適当な言葉を入れなさい。
「遠足より 帰り来る子は ひとつづつ 頭の上に (  )を載せをり」
 小島ゆかり(獅子座流星群)
作者の入れた言葉が必ずしも正解と謂う訳ではなく読者の誰もが自由な発想と感性で言葉を見付けることで短歌の世界に浸れるようにとの慮(おもんぱか)りだろう。あなたも一度考えて見られたらどうだろうか、私は拙い知恵を手繰っていろいろ右脳を巡らし貧弱な語彙から「想い出」とか「夢」或いは「春」などを填めてみた。少し直截(ちょくせつ)的でなかったかも知れぬが、考えることで短歌の世界をちょっぴり垣間見ることができて嬉しかった(^^)。
『作者の書いた(  )はこのブログの最後にあります』
今週の常用漢字表外読みの問題
訝しげに(左見右見)する
先週の常用漢字表外読みの答え
この貝は(去年の)浜辺に われひとり拾いし貝よ、 (こぞの)でした。
この詩を「さくら貝の歌」の一部だとお分かりになった方は相当なご年配だろう。
昭和14年に作られた歌で昭和24年NHKのラジオ歌謡に登場し、皆に愛唱された名曲だったな(^^)
 ♬うるわしき桜貝ひとつ
 去りゆける君に捧げむ
 この貝は去年の浜辺に
 われひとり拾いし貝よ♫
作者の小島ゆかりさんは( )に(雲)を入れました。