5月も半ばとなり日増しに日射しが強くなって参りました。日によって早朝の寒暖の差が激しく体調の維持に気を使います。庭のビオトープでは昼間メダカ達の動きが活発となり、食欲も朝昼晩5食と先月に比べ随分旺盛となりましたから間もなく卵を産んでくれるものと期待しております(^^)。昨秋生まれたメダカの赤ちゃんも成魚の3分の1程度にまで成長しました(^^)。

画像

このビオトープは事務所の南側の庭にあって愚娘と孫達が4年前に協力して作ったのですが、その後彼女達はビオトープを作ったことなどすっかり忘れたらしく私独りが池のお守りをして居り、餌遣りだけでなく循環ポンプの掃除も暖かくなってから週一回は欠かせず、藻が詰まっての修理やらアオコの退治など結構大変です。然しメダカ達が遊んでいる姿は見飽きぬものでじっと眺めていると彼等にも臆病な奴や人の気配を気にしない大胆な奴と性格が色々あるのに愕かされます。食事が済むと眠気がするのか図々しく藻に乗っかって昼寝する奴まで居ますから微笑ましいですよ(^^)。此のビオトープの住民はメダカ(緋メダカが約50匹と黒メダカが20匹程それにモツゴや川端モロコが少々)達で、金魚は直ぐに大きくなってメダカを食べるので隣にある自宅の池に鰻やザリガニ達と棲んで居ます。難を言えば冬眠から醒めた蛙がケロケロ鳴きながら結構メダカを食べて居るようなので補充が大変です(;;)。
先日昼食に町に出て何時もの松屋へ入ったら“トマトカレー”なる不思議なものが売り出され290円と廉価なので、好奇心と欲と二人連れで食して見ましたが、トマト味で酸っぱいカレーなど食べられものでなく、350円のカレーにして置けば良かったと後悔しましたが、後の祭りであり、これを“1円惜しみの銭失い“とでも謂うのでしょうか(;;)
松屋と謂えば吉野家にすき家ですが、牛丼大手の吉野家がライバル達の出現に苦戦しています。彼等から超安値値下げ攻勢を掛けられ1月に期間限定の値引きキャンペーンを実施しましたが顧客離れを食い止められずに2月決算では史上初90億円の赤字を計上することとなりました(;;)。1899年創業と珍しく古い歴史を持つ外食産業ですが、古いが故に駅前に店舗が集中し過ぎ郊外型のファミレス式でない処をすき家(1982年創業)に突かれ、08年遂に店舗数第一位の座を譲ることとなりました。吉野家の店舗はどう見ても柄が良いとは言えず丸椅子のカウンターでは家族団欒の雰囲気ではなく営業マンが仕事の寸暇を惜しんで牛丼を掻き込むイメージなど強くその辺がメニュー多彩のすき家に家族ぐるみ顧客を取り込まれ、先を越された原因と見ました。単品商品の商いは季節に左右されず売れ残りの心配がなく利益率が高いものですが、1900年以前の創業では外食産業と謂っても弁当屋の代りのようなものだったでしょうから休祭日に家族が食事に来店するなど想定しなかった処に吉野家の油断があったものと思われます。世の中は日日の進歩が絶えませんから、時代の流れに取り残された企業は吉野家に限らず淘汰される運命にあるのが最近の激動社会の風潮です。愕くべきは生き残りを賭けてライバル同士が合併したあのコニカミノルタが今回カメラやフイルムから全面撤退して有機EL証明など新しい事業で再出発しようとしていますが、それではあの合併は何だったのか!の思いがしますが、其処まで180度Uターンしないと生き残れないなんて世の中ナント!恐ろしい時代となりましたね。
誰もがポケットに忍ばせ、或いは片手で持ち歩いて居る携帯だって、アップル社iFhoneの上陸で何時淘汰されるやも知れません。NTTドコモのスマートフォン事業推進室長も鎖国を死守している我が国の携帯市場がiFhoneやiPadの登場で開国の刻を迎えるのではないかと憂いていられますが、ドコモなど基を糾せば電電公社であり官僚であったため封鎖的な風土に存在し、恰も鎖国により滅亡を早めた徳川幕府を彷彿させますよね。時の流れは急激であり、我々はゆっくりと大河の如く流れる古き時代から突如奔流に押し流される時代の到来を迎えようとして居ることを肝に銘ぜねばならないでしょう(;;)。
先日小生の事務所に総務省から電話がありました。聞き慣れぬ電話の殆どは商品の売り込みや商品取引の勧誘更には別荘の分譲など私如き貧乏人に無縁のものであり、職員に言って小職不在と謂うことでお断りさせているのですが、総務省直々とあっては居留守も使えず恐る恐る電話に出たのですが、用件は何の事はない得意先であるS社が昭和30年代に厚生年金に加入していたかどうかの確認でありました。当時S社に勤めていた女性が自身の年金加入期間についての申し立てを1年ほど前に社会保険事務所にされたのが原因らしく、当初はS社へ連絡が入ったのですが、S社は経営者が代替わり(昭和30年代なら2代前)していて事情に疎く、昔のことなら税理士が全て知っていると言ったために答弁者としてうちに白羽の矢が立ったものでありましたが、総務省では当時からS社が会社組織になっていたことまで調べていて、会社なら健康保険に入っていた筈だから当然に厚生年金も加入していたのではないかと疑いが持たれ、確認の申し出をした女性の裏付けを取りに動かれた様子でありました。此が厚労省からの電話なら不思議でも何でもないのですが何で総務省が…?と会話中疑念が過(よぎ)りましたが、厚労省では身内の恥と隠蔽される危惧が有るところから総務省に調査機関が移管されたものと瞬時に拝察したのでした(^^)。総務省の疑問に対する小生の回答は当時政府管掌保険(所謂社会保険)も零細中小企業には現在同様充分普及してなく、大会社は組合健保を創設できましたが、中小零細企業は病気に備えて自分達で同業者国民健康保険組合を作り、そこで国民健康保険を処理して居ました。当時国民年金制度は未だ創設(1961年創設)されて居らず、S社が国民健康保険組合を通じての情報から社会保険事務所の慫慂を受けて厚生年金に加入されたのは阪神大震災の直後であってそれまでは社長以下全員が各自国民年金を掛けて居られたことは当時の年末調整関係書類により明白です。社会保険事務所と国民健康保険組合とは無縁のため、厚生年金については宙ぶらりんとなっていたことが事件の発端であり、加入期間の問い合わせをされた女性は当時の給与から税金以外に国民健康保険が控除されていたことが厚生年金の控除も含まれていると思い違いをされて居たのでしょう。此等は全て加入義務者を探索する意思など全く持たずに加入手続きに来たら入れて遣っても良いと謂う、待ちの姿勢を崩さなかった社会保険事務所の職務怠慢が原因であり、病気の保険さえ担保されれば高い厚生年金など掛けたい人は今と違って誰も居ず、加入している人でも寿退社後さっさと厚生年金を解約してお小遣いにするのが通例でした。余談ではありますが、小生の愚妻も結婚時に勤務先での厚生年金を解約して洋服など買っていましたが、今になって私が解約を言い出さなかったら貰える年金がメチャ損したのではないかと詰(なじ)られて困っています(;;)が、50年も前である当時は厚生年金は税金と同じく盗られ損が常識だったのです。厚生年金が加入の勧誘に重い腰を上げたのは、高齢化社会の到来と共に年金受給者が増加すると思われた平成の初期であり、大きな団体では従業員を医師国保や歯科医師国保で対応していた日本医師会、日本歯科医師会辺りが、当時の厚生省としては管轄下であったために直撃砲を受け医師会等の指導の下にそれまで従業員は国民年金加入であったのが急遽厚生年金に切り替えられたのでした。話は横に逸れてしまいましたが、現在でも厚生年金未加入の企業は5万とあり、年金機構が国税庁と情報交換すれば容易に判明できるものができないでいるのは我が国独自の縦割り行政の弊害であり歪(ひづ)みでありましょう。このことも総務省に言ってやりましたが、彼等とて財務省ではないので手に下しようがないようです(;;)文中5万と書いたのは言葉の綾であり、実際には10万社はあるでしょう(;;)
社保事務所を訪れられた女性にはS社の厚生年金についてお気の毒ですが,貴女のような方は世の中にそれこそ5万と居られます。加入の義務を知らされなかった会社の落ち度を咎めないで折角できた制度の上に胡座(あぐら)を掻いて高給を貪り、厚生年金の普及に努力を怠った社会保険庁(現日本年金機構)の連中を怨んで下さい。
今週の女子プロゴルフは九州福岡県で行われ、橫峯さくら選手が韓国台湾3選手の追撃を躱し68の好スコアで今季初優勝致しました(^0^)/。匆々韓国ブタなど外人に賞金を稼がれて堪るか!