長かった雨のせいで、週末風が涼しくなったように感じたが、先月が暑すぎたせいだね。今月に入って雨ばかりの異常気象にはうんざりしたが、週末漸く一日だけお日様にお目に掛かれてヤレヤレだった、でも今週はずっと曇天のようだから憂鬱だな:-)。

庭に出ると近年雀の姿が極端に少なくなって居るのに気付く、昔は親子6匹位仲良く飛んできてピーチクと庭で寛いでいたが最近では親子3匹連れも結構珍しく、殆どが1匹宛飛んできて、それも仲悪くチチチと苛立って喧嘩ばかりしている:-)。まるで人間社会のようだな、雀が少子化の世界になったのは何故だろう?住居になる森も減って居るし、民家の屋根に耐震構造のスレート葺き屋根が増えて雀が好んで巣に利用して居た前面に丸い空間のある本瓦屋根の家が減ったことも由来するのかな。可愛げのない鵯(ひよどり)や烏と違って雀は唱歌や童話によく登場し、幼児達の友として古来人間と生活を共にしてきたから少し宛我々の前から姿を消すのはとても寂しい。餌場が減ったことも原因だろう、昨日も6時前濃い夕暮れ時庭のフェンスに1匹止まって居たから食事が済んで居なかったんだろう。昔は心優しいお爺さんお婆さん達が庭にご飯や麩(ふすま)を撒いてくれたし、何処も鶏を飼って居り始終雀がお相伴できて居たが、卵も栄養価は兎も角スーパーで買った方がずっと廉くなって誰も鶏を飼わなくなり、優しいお年寄りも居なくなって雀もお相伴に与る処を失ったせいかも知れぬ。雀にも世知辛い世相になったようだな:-)。

今回も灰谷健次郎先生に纏わる話だ。先生が中学校で私の先輩であったことは作品の中で知ったが、灰谷健次郎著「わたしの出会った子どもたち」の巻末に先生が生まれてから平成10年に亡くなられるまでの「年譜」が30頁に亘って詳細に掲げられて居た。処が「年譜」の中で先生が昭和22年神戸市立垂水中学校に入学されたとあった、然し此の名の中学校は当時なく正しくは霞ヶ丘中学校(2年後歌敷山中学に校名変更)だ、我々の卒業後昭和26年歌敷山中学から分れて垂水中学校が創設されたことを知って居る私は愕き、早速此の当時の生き字引である同級生のM君の力を借り歌敷山中学校50年史を貸して頂き彼の抜群の記憶力の助けもあって年譜の誤りが確認されたので角川文庫に50年史抜粋のコピーと共に手紙を送り後日何時か改訂版が出る際には訂正して頂きたい旨を申し添えた。
然し、改訂版が出たとしてもそのときには私の余命が追つかず先ずこの世ではお目に掛かれないと思うので、あの世でゆっくりと読ませて頂こうと思って居る^^。

中学時代は旧制から新制への学区制変更などもあって入学した学舎が四中(兵庫県立第四中学校)だった学舎から2年生の秋に県商(兵庫県立神戸商業学校)へ間借り移転し、更に3年生から新設された歌敷山中学へと移されて慌ただしく、幸か不幸か一度も上級生と顔を合わせたことがない、だから1年先輩の灰谷先生とは全く面識がなかったのだ:-)。1年先輩達は一体から何処の学舎で学ばれて居たんだろうか、不思議だ?

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「歌敷山中学校50年史」には我々が入学した霞ヶ丘中学校のことを「通称馬小屋教室」と書かれて居る。何故馬小屋なのか写真をご覧下さい、屋根の庇が深くてそのため庇の要所が支え棒で支えられている。庇が深いのは雨が教室に入らないためであり、雨が入るのは窓が板戸で開閉し硝子がないものだったからだ。昔は農耕用の馬や牛もこんなとこに棲まわされ、藁を敷いた床に鶏なんかと一緒に居たんだ。馬小屋校舎は吹き晒しで硝子がない処を揶揄されたに違いない。此の庇のお陰で雨は余程の横降りでない限り防げたが、冬の寒風には殆ど効果がない、板戸を閉めれば暗くて教科書が読めなくなるから吹き晒しの教室は今の子供達には先ず想像もできないと思う。電気もなくまるで旧石器時代の竪穴式住居だったな:-)。よくぞ五月蠅いPTAが黙って居たもんだと考えたがPTAだって誰も食べることに忙しく彼等の居住空間も馬小屋と似たような生活を送って居たのだ(;;)。

カネボウの白斑事件の被害者が11000人を超え、100万個以上の商品が店頭から回収されたそうだ。原価は乳液より容器の方が遙かに高いのではないかと思われるが、今更使い回しもできないよな:-)。カネボウは粉飾決算がばれて一度潰れた会社だが、化粧品部門だけ花王に買収され生き残ったが此処に来て花王の足を引っ張ることになり資生堂を大喜びさせて居るが、カネボウの全商品中白斑被害の元兇とされる「ロドデノール」を使用した化粧品は10品目もあり売上金額は全販売化粧品の4分の1にも上るが化粧品だって薬のようなものだし基本的に躰の細胞に関わるものだから充分な治験を行なわず販売したのが悪かった(;;)。女性の美白信仰は我々男には分からぬが高い金を払って細胞からメラニン色素を取り除いた挙げ句が「白なまず」では遣り切れないよな:-)。メラニン色素だって立派な細胞の一部じゃないか、此奴はブスでもしっかり躰を護ってくれて居ることを忘れて居たカネボウと客の双方が愚かだった、きっと他の化粧品会社の商品からも白斑の被害者が出ると思うよ、黄色人種が白人になれる訳がないもんね。此の病気に掛かると恢復は容易ではないと思う、私が瘭疽(ひょうそ)に罹った折何時も治して頂いた外科のS先生が「白なまず」になって居られたが何十年間ついぞ治らぬ儘に亡くなられたぞ:-)。

先週の誤字訂正の答え
人生の愛歓を描写する小説 (哀感)でした

今週の誤字訂正の問題
巨漢と互格に渡り合う

ご教訓カレンダー
「郊外一戸建て」→「郊外一戸だけ」 他は山