文学・雑誌」カテゴリーアーカイブ

年金機構とマイナンバー

笹百合

今年も梅雨がやってきた。此の時季晴れの日と雨の日と寒暖の差が大きく30度にもなり半袖だったのが、翌日は雨で20度に下がる天候不順は再び抽斗(ひきだし)からカーディガンを取り出さねばならず耐寒性の衰えた年寄りにはとても辛い。
今年も昨日Eさんから菊水山に自生する「笹百合」の映像を頂戴した^^。この花は何時もながら神々しい。写真からも気高い香りが匂ってくるような気がするね^^。

日経夕刊の「明日への話題」には歌人の永田和宏さんが週一で執筆されている。先週は目に入れても痛くない可愛い2歳のお孫さんが熱を出して娘さんである母親と一緒に緊急外来へ連れて行かれたときのお話だった。「点滴をしましょう」とお孫さんだけ診察室に入れられて大きな泣き声が断続して待つこと30分、やっと部屋に招き入れられて孫を見ると涙を一杯溜めながら私達を見て精一杯笑顔を浮かべるのがいじらしい、見ると手の甲には刺し傷が何ヶ所も残って居た。そこへ若い医者がひと言「上手く入りませんでした」何と言うことだ!もっと練習してから医者になれ!と大声で叫びたくなった。わかる、わかる、永田さんの気持ちが…、最近の医者はパソコン処理のデータ解析にかまけて患者に接する応対や基本的な技術が欠如している輩が多い。大体から患者の躰を触ろうとしない手合いが多いこと、「手当て」の言葉の意味が病を癒す本家本元だと知らぬ医者が多いんだろう(;;)。永田さんは当分降圧剤の処方が必要だったのではないだろうか^^。
永田さんは京都大学の学生時代から歌人であり乍ら、京都大学の教授(生体機能学研究部門 細胞機能調節学分野)迄務められた異色の徒で、研究者のときは血液細胞が必要なとき研究者同士が互いの血を取り合ったり自身で自分の血を採って実験に使ったりされていたから軈て採血に熟練して10cmに満たぬ小さなマウスの尾静脈に百発百中針を刺すことまで出来るそうだ。だから2歳のお孫さんの血管が見付けられなかった医者が全く赦せなかったんだ(>_<)。
この方は長く細胞生物学者だが紫綬褒章を受けられたのは歌人としてであり20数年間毎年歌集を出して居られるから本職は歌人なんだろう。でもこの方の所得が大学で得る報酬と短歌集とどちらが多かったか興味深いね、私は所得の多かった方が本職だと思うが、税法的には税務署が短歌集の所得を事業所得と見なしているか雑所得として居るかで決まる。でもこの方は雑所得であっても間違いなく短歌が本職だと言われると思うね。
以前日経夕刊のプロムナードで執筆された著名な歌人である栗木京子さんも京都大学理学部卒だった、歌人と言うと文系人間の見本のように思うが理学部出身の方が多いのは何故だろう、不思議だね。そうなると文学部出の歌人は世間知らずのNEATのようで立場がないよね^^。
ユング研究家で文化庁長官まで務められた河合隼雄さんは京都大学理学部卒だが大学院は文学研究科であり博士号は教育学だ。良く考えて見ると優れた人はどの道へ進んでも大成されるのは基礎が数学で固められているせいだろうと思う。「砂上の楼閣」なんて言葉があるが、基礎さえしっかりしていれば上にはどんなものでも建つんだよね。私のように基礎の全くない者は…、後は言うべき言葉がない(;;)。

日本円に換算して132億円もの巨額の賄賂が乱れ飛んだFIFA(国際サッカー連盟)でブラッター会長が再選されたが4日後突如辞任した。サッカーの放映権を巡る賄賂だが幹部が14人も逮捕されて会長が無傷だなんてあり得ない話だから何処かで事件が堰き止められているんだろう、此の会長は協会の商業化路線を推し進めた元締めだからひとつ穴の狢(むじな)に違いないが、彼は捜査当局に賄賂を渡して身の安全を図る構図が出来て居たのに思わぬ処から堤の土手が破れたんだろうね。我々日本人には先ず考えられないことだと思うが、ひょっとしたら我が国のアマチュアスポーツ界にも既に同じようなことが起こって居るような気がしてならないね。

日本年金機構の加入者データが125万件も流出した事件で職員が開いたメールがウイルスだと分かりながら三週間もインターネットに接続し続けていた事実が公表され、そのうえ機構サイト自体の脆弱性まで指摘されて急遽6日午後サイトを閉鎖する態(ざま)と相成った。年金機構は先月初めに不審メールを確認しながら座視して職員に注意を喚起することを怠ったのは普段からぬるま湯に浸かった仕事をし自分達の職務に対する真摯さが欠如した結果だろう。年金データをデスクトップにコピーして作業することを禁止するだけで充分情報漏洩は防げたのではないか。
ハッカーは常に存在し進歩している、問題なのは年金機構が年金データの重大性を認識せず最低価格で入札した業者にシステムを設計させたため当然にローコストの見返りとしてセキュリティーに欠陥があったとの意見も多い。セキュリティーはいつも最後に試されるのだ。
此から当分は年金が貰えなくなるとお年寄りを揺さぶる振り込め詐欺団の口実が出来た。何時もお役人の怠慢で損をするのは国民と決まっている(><)。今回のデータ流出が原因で年金がパクられたらお年寄りには機構の連中の給与から返済せよ。
マイナンバー制度だって案じられてならない、中国の振り込め詐欺団のハッカー達がマイナンバー制度に侵入して個人預金を掠め取る手段を模索中とか…(;;)、国税庁の完璧なシステムに年金機構の不安定なそれを合体させることは賢い男に愚かな女を妻(めあ)わす愚であり上手く機能する確証がないし、愚かな女に賢い男を誑(たら)し込むウイルスなど仕込まれていたら目も当てられないね。政府はマイナンバー制度の実施に当たってシステム面を更に十二分に検討し、国民の合意を得べきがスジと謂うものではないか?政府の遣り口は余りにも性急だ、まるで橋下流だね(>
<)。

92歳米国人女性のフルマラソン完走(7時間24分)には脱帽m(_ _)mした。でも先月100歳で1500m自由形を1時間15分で完泳した山口県のお婆ちゃんとどっちが偉いかな?当然山口県のお婆ちゃんだろうね^^。

オムスビという名の馬が走ります」先週毎日新聞万能川柳の入選句だ^^。ググったら北海道で「オムスビ」と謂う馬が走っている。どう見ても勝ちそうにない名だが既に2勝して居るそうな^^。お父さんは06年に中京高松宮杯を制した「オレハマッテルゼ」だ、此のお父さんの名は裕次郎の「俺は待ってるぜ」ではなく、「俺填まってるぜ」だそうだが巫山戯た名前だ。子どもはもっと巫山戯ているよね。馬主の顔が見たい、「オムスビ」のような顔だったりして…^^。

中国長江の客船転覆事故は400人もの死者を出した、300人を失った昨年の韓国のフェリー転覆同様の犠牲者だったし、船長は両方ちゃんと助かっている。船長は如何なる場合でも船と運命を共にすると言う我が国の不文律は儒学の教えの筈だった。閉塞船福井丸にて部下(杉野一等兵)を捜してロシア軍の砲弾に斃れ船と運命を共にした軍神広瀬武夫中佐を彼等はどう考えて居るのか?
70年前国民学校で歌った「軍神広瀬中佐の歌」
♪轟く砲音(つつおと)、飛来る弾丸。荒波洗ふデッキの上に、闇を貫く中佐の叫び。「杉野は何処(いずこ)、杉野は居ずや」船内隈なく尋ぬる三度呼べど答へず、捜せど見へず、船は次第に波間に沈み、敵弾愈々あたりに繁し、今はとボートに移れる中佐、飛来る弾丸(たま)に忽ち失せて、旅順港外 恨みぞ深き♬

先週の書けないけど読みたい漢字
歴(れっき)とした証拠

今週の書けないけど読みたい漢字
ヒヨコを掌に(包)む

有朋自遠方来 不亦楽

松尾くん

中学時代

先週木曜日歌敷山中学H組同級生のさんちゃん(松尾博君)が歌中2回生(昭和26年卒業)傘寿祝賀会の帰路、暑い中をわざわざ立ち寄ってくれた。私は人見知りが激しく人の集(つど)いが大の苦手だから出席しなかったが、さんちゃんはわざわざ私と二人で傘寿会をしようと塩味饅頭まで持参して会場の舞子ビラから事務所まで4kmを徒歩で来て呉れたんだ^^。健康の秘訣だそうだが恐るべき健脚だ、山陽電鉄の全線パスを持っているのに垂水に来るときは何時も舞子公園駅で下車して5kmを徒歩だそうだから魂消るな、早朝3000歩の散歩で満足している私なんかとても恥ずかしい(;;)。自宅は高砂より遠い大塩だから帰路と正反対なのにわざわざ来てくれたことがとても嬉しかった^^。持つべきは友だね^^、歌中2回生700人中49名が出席されたそうだ、出席者名簿を見て又懐かしかったな、私の脳裏に刻まれている65年前歌中の仲間達も半数以上は冥府行きなんだろう、その夜更け歌中の卒業アルバムを取りだして眺めたが万感逼る思いだった。さんちゃん元気で又来てね。
下の写真は中学2年生のとき写真屋さんで撮った仲良し3人組の写真です。左から松尾君、私、黒江君です。黒江君は10数年前物故されたと人伝(ひとづて)に聞きました。
諸行無常是生滅法生滅滅已寂滅爲樂、合掌

通販で中古本を買うと署名入りばかりでなく時折変わった本に出会う、先日など背表紙に堂々と図書館のナンバーが記された本に巡り会った、此って泥棒なんと違うの?裏表紙を開けると図書館名と処分済みの判が押してあり盗品ではなかった。そうか図書館も新しい本を入れるために古い本を処分せねばならないんだ、其処で古書店に行くんだと納得した。
巷間若者だけでなく日本人全体が本を読まなくなってきた、街中の本屋さんが少し宛姿を消して行く、情報だけでなく小説までKINDLE版などネットで読める昨今だから時代の流れだろう。新本が売れなければ当然古本だって需要者が激減して当然だ。
連休に郊外古書店の古本市場(古市)へ行ったら閑散としてコミックコーナーに子どもが数人居るだけで、本のコーナーには人っ子一人居なかった(;;)、文庫本の値段を見ると2か月前行ったとき250円だったのが100円になっている、5冊程買ったが税込みで540円だった^^。帰宅してからシンナーで値札を剥がしていたら、100円の下に250円や315円の値札があり400円のまであったからビックリだ(;;)、売れないから叩き売りしてるんだろう!2回3回と値下げされた形跡は痛ましい、お陰で値札剥がしに時間が掛かって困った。
そして先々週日曜日教会の御ミサに愚妻を送って行った際、時間があったので再度「古市」を覗いたら、GWの後だし閑古鳥で店員の方が多かった、早速文庫本コーナーへ行ったら全品2割引と大きなポップが出ていて殆どの文庫本が93円に統一して値下げされていた、「ラッキー^^」と6冊手にしてレジに行ったら480円になり、オマケに5月中に限り3割引や5割引になる券まで貰えたから今月もう一回行こう。

先日の紙面で天下の日本生命が戦後70年初めて第一生命に売上高業界一位の座を渡したと書かれてあった、下剋上だね^^。第一生命の今期保険料収入は5兆4300億円だそうだ。銀行窓口の販売が好調だったからだそうだが、銀行もゼロ金利時代で運用できないため預金のお客さんは放ったらかして投資信託や生保の客に色目を使ったのが功を奏したんだろう、脱税で有名になった「ほけんの窓口」なんて会社も脱税するくらいだから結構儲かるようで先週の女子プロゴルフ「ホケンの窓口レディース」の賞金総額は1億2千万円とメチャ高額だった。此の会社はソニー生命トップセールスマンの起業だが、起業した本人が脱税で起訴され更に会社も一昨年脱税で国税局に2億円も税金を毟られたから余程儲かるんだろう。「ほけんの窓口」にはニッセイからアフラックに明治安田生命と大手24社が加入しているが第一生命だけ未加入で銀行窓口に拘って居るのは興味深いね。
それにしても全国に多数の店舗を構え営業嬢を座らせるだけで儲かる商売なんて、此まで我々が抱いていた保険へのイメージが随分変わってきたようだ。日本人は何故か保険好きだ。CMでは若年層には医療保険を、熟年層には超低金利の銀行に対抗して一時払い貯蓄保険に変わってきて居る。昔の実績で今のところ辛うじてトップの地位を維持しているかんぽ生命も主流だった月掛け満期保険がゼロ金利時代の到来で好まれず何れその地位を奪われるのではなかろうか。
今の若い人は50年位前女優の中北千枝子が田舎道をママチャリで走って居た「ニッセイの小母ちゃん」CMを知らないだろうな、あのCMは小母ちゃんの笑顔が爽やかでとても良かった、今でも懐かしいね^^。保険と謂えば「ニッセイの小母ちゃん」だったのが、何時とはなく保険各社も個人情報秘匿やらの世情の移り替わりから戸口から入ってくる小母ちゃんの訪問外交が終焉した。今や全ての用件がピンポン応対で終了し、戸口から入って来れるのは宅配便だけになったもんな(;;)。
先週私に今や保険の大手となった外資のアフラックからお知らせが来た。何でも契約更新のお知らせだったが、何気に中を見ると40年前に加入して毎年12万円位払って居るガン保険が私の年では死んでも30万円しか貰えなくなって居るようだった。昔はガンで死んだら100万円とか入院したら25万円とか言われていたが歳を取ると保険金が減少するだなんて加入時には全く言われなかった(;;)。此まで40年間に支払った480万円は貯金していたら物凄い大金になって居たろうから保険はまるで詐欺だね(;;)。歎くべきか、それともガンに罹からなかったことを喜ぶべきか複雑な心境だ。

保険と謂えば銀行だが三菱UFJ銀行が今期の決算で1兆円を超える利益を出した、因みに三井住友銀行は9500億円だ!1兆円の利益はトヨタに次いで我が国第2位になる訳だが、自動車と銀行では利益の性質がまるで違うよね、銀行が預金者に利益を還元せずにひたすら儲けを取り込んでいるのはどう考えても怪訝しくまさしく詐欺集団だ、1億円以上の給与を取る役員が4人も居るそうな(>_<)。振込手数料ばかり高くて、預金利息は最近ずっと私の視力検査と変わらぬ位小さい数字なのは全く怪訝しいと思う。嘗ては多額の公的資金を導入し銀行に大きな「貸し」がある筈の財務省は此の異常現象に文句の一つも言わないのは信組など弱小金融機関を護るため預金利率を変えないとの大義名分だろうが、背後には政治献金などダーティーな裏取引きがあるのだろうね? バカを見ているのは預金者である国民ばかりだ。どうして誰も怒らんのか!

都構想橋下さんも区の配分に配慮が欠け、更には市民に充分考えさせる時間を与えなかったせいで僅差の敗北となり任期終了での引退宣言となったが、負けても主役は橋下さんだったね。
♬肩を抱いては口癖に、どうせ命はないものよ、死んだら骨を頼むぞと、言い交わしたる二人仲♪此の歌は日露戦争当時の軍歌「戦友」全14節の11節だ、住民投票に敗れた橋下さんは引退しても元々タレント上がりだから食うに困らないが、「維新」は元々橋下さんが作ったものだし、橋下市長の改革姿勢に共感して異種業界から飛び込んだ市議会議員29人の同志はどうすれば良いのか!全員力が抜けて頭真っ白だそうだ。橋下さん、同志を見捨てて逃げてそれでいいの?

先週の書けないけど読みたい漢字
雨が歇(や)む

今週の書けないけど読みたい漢字
赤児が(憤)っている

タイトルの「有朋自遠方来 不亦楽」は論語の一節です。(友あり遠方より来たる、また楽しからずや)と読みます。

豊田正子の「綴方教室」

あじさい

5月半ばなのに新緑なんかとっくに通り越して初夏に近い毎日だ。五月のシンボル躑躅(つつじ)の花などとっくに枯れかかって風情がないね、何時もより一月早く紫陽花が咲き出して居るから今年も随分暑くなるんだろうな(;;)。
先週愚娘から妻に送られた母の日の贈り物は定番のカーネーションでなく紫陽花の鉢植えだった。とても綺麗な色だから花が終わったら露地植えにしたいと妻が言いだしたが妻にその趣味がないから結局私が手入れすることになりそうだ(;;)。

綴方教室

先月15日、日経夕刊の「文学周遊」にて豊田正子著「綴方教室」が紹介されたのを読みメチャ懐かしかった^^。戦争前のいろんなことが思い出され昭和59年の復刻版をアマゾンで購入した。確か小学生の後半に読んだ本だが、あまりに昔なので内容は殆ど記憶に残って居ない、全く新しい本を読む感触だった。豊田さんは私より一回り位上の方で、私が生まれる少し前の昭和の初期から日本中を掩っていた大恐慌が全国に未曾有の失業者を溢れさせた頃小学生であって、貧しさに翻弄されながらも東京下町のブリキ工の父を持つ一家の生活を長女である彼女が幼い頃から丹念に緻密に書き綴り、鈴木三重吉の童話雑誌「赤い鳥」の懸賞に当選し、更に昭和10年代になり全国的にベストセラーになった作文集だ。
此の本の読後感だが、幼い少女なのに今ならプライバシーとされる生活のごく細かい襞(ひだ)まで時系列で細部にわたって克明に記録し、ありの儘を飾らず立体的に筆にされているのに殆(ほとほと)感心した。彼女は貧乏だった境遇にもめげずに空腹にも耐えていじけずに、一所懸命その日その日を生きている様が私の少年時代を思い出させ涙を誘う。恐らく彼女は子どものときから抜群に聡明で抜群に記憶力の強い方だったんだろうと思った。
彼女はブリキ職人である酒好きの父親と勝ち気でしっかり者だが亭主の失業を不満として亭主の友人と不貞を働く母親の間で悩みながらも弟達の世話をし、小学校在学中は放課後夜の9時まで縫製工場で働き、卒業後も女工を継続して家計を助け乍ら寸暇を縫って作文を書かれた苦労は、我々戦中派の人間をもってしても想像を絶するものがある。余程書くことが好きだったか或いは書くことで苦しい生活(なりわい)への鬱憤を晴らして居られたのではないか。彼女は学校卒業後芸者に売られる筈だったが写真を送ったら器量が足りぬと断られ(彼女は健康そうでとても良い顔なのだが当時の美人は竹久夢二描く瓜実顔の不健康派が主流だったのかも知れぬ)ずっと赤貧の生活を送っていたことは女工の給与が一日遅れたためその夜食べる米がなく、蒸したさつまいも1本を姉弟3人で分けて食べ空腹を凌いだことなどが書かれて居るから、貧乏の度合いなんかも私の育った昭和二桁代とは桁外れに違って酷かったんだろう。

豊田正子_

手に入れた「綴方教室」の表紙を捲ると「豊田正子」と署名があったことが今日の話題です。本物かどうか確かめたくてネットなどで本人の原稿をみるとどうやら直筆と思えるのだが、署名の個所がなくてはっきりせず、考えた末出版社である「木鶏社」に電話してサイン本入手の経緯を話したら、「担当者に替わります」と言われ年輩の女性の方が出て来られ彼女から字の特長など教えて頂き筆体など話したら、どうやら直筆らしいので鑑定して頂くため「写メで送ります」などと話してたら、先方から「手許に署名入りの原稿があるのでコピーをお送りしますが…」と言われ喜んで申し出に応じた。先週届いた原稿を見ると紛いもなく同じ字だった^^。私の手に入れた本は彼女が知人に送ったものか或いはサイン会で書かれたものだったんだろう。
豊田さんは4年前に88歳で亡くなられたが、送って頂いた原稿のコピーは30年前に書かれたものだ、その原稿中に木鶏社の編集者伊藤紀子さんが登場する、その編集者が私からの電話を受けられた方であることは同封のお手紙に記されて居る通りだから偶然だ。見知らぬ者からの厚かましい電話でもちゃんと受け答えして頂けたのは豊田さんが亡くなられた今でも彼女が豊田正子の「編集者」をされて居た証(あかし)なんだなと感激した。紀子さんだからひょっとしたら私より5歳年下の昭和15年生まれではあるまいか、(違っていたら伊藤さんゴメンm(_ _)m。)この年は紀元2千6百年で全国的に「紀子ブーム」だったことは私が若い頃ミシンのセールスをしていた折、顧客となりそうな若い女性を捜すために知人に貸して頂いたY高校の昭和33年卒業生名簿が「紀子」だらけだったことでよく憶えている^^。あの住所入りの名簿は訪問販売に絶大な効果を発揮したから、個人情報が秘匿された昨今ベネッセの顧客情報が莫大な額で売買されたことは容易に想像できるね。

話はさておき、豊田さんの原稿を読んで居て旧字体と常用漢字が混在しているのに時代の移り変わりを痛感した、昭和二桁の私がそうだから、大正生まれの方は20数年間慣れ親しんだ旧字体から戦後遽しく常用漢字への変更を余儀なくされたことに理不尽な思いが強く容易に常用漢字に馴染まれなかったと思うから編集者の校正も大変だったろうな。
私は幼い頃の郷愁に深く浸るため「粘土のお面」「おゆき」など豊田さんの作品を数冊購入して読んで見た。貴重本の「芽ばえ」も定価の12倍強で手に入れた^^。本は重いけど字が大きいので年寄りにはラクだ^^。「粘土のお面」は豊田さんが成長した10代後半の作品だから「綴方教室」より出色の出来だ。中でも短編の「大晦日」は此の夜一文無しのため年越しの金を借りに除夜の鐘の前に文盲の母親の口述を学校の読方帳を千切って書かされ、仕事先のお宅に行き20円(今の10万円位)借りに行かされる下りは圧巻だ。手紙の出だしが「はいけ、みなさまおかわりありませんか」なんて、何でこの子がこんなことまで…と悲しくて涙がとまらず困った、「はいけ」は勿論「拝啓」のことだが、字を耳から覚えた文盲の母親は勿論当時小学2年生の彼女には書けない字だ、「おとうさんが怪我をして働けなくなった」とウソを吐いて少女にお金を借りさせようと企むお母さんも強(したた)かだったな。だけど2年生の女の子に借金の手紙を書かせて独りで借りに行かすなど、如何に相手の憐憫を誘う手段か知らぬが今なら考えられないことだ、凄い母親だね、イヤイヤ書かされた手紙を持って知らぬ家にお金を借りに訪ねて行く2年生の女の子など今時居ないよな、彼女は生活のためには母親に服従する覚悟を決めて居たんだ(゚ロ゚)。と言うより当時は親の命令に服従することが当たり前で、今の子ども達が過保護に過ぎてあまりにも親の役に立たな過ぎるんだろう、そうだ、思い出した!私の幼い頃は学校から帰ると水汲みやら風呂焚きやら弟を負ぶってのお使いなどあらゆる家の用事をさせられたが、親にご飯を食べさせて貰ってるので当然だと思って居た。勉強したくても戦時中は紙がなかったから、今の子どものように「勉強せー」なんて言われたことがなくて良かったな^^。そのため大学受験でメチャ苦労したけど…(;;)。

苦労して入った大学も入学後は囲碁に没頭して学業に身が入らず、挙げ句当時は何より恐れていた卒業試験の単位が足らずに留年しそうになった悪夢を未だ80歳になっても見て夜中に冷や汗と共に飛び起きることが再々だ。留年が決まれば父に「この穀潰しめ…」と家から叩き出される恐怖心からだ、昔の親は絶対権力者だったがそれは「長幼の序」として当然だったのだ。幸いにも留年せず卒業できたが留年して居たら私の人生は大きく変わって居たに違いないと思う。親は怖かった!
それに引き換え「ご飯全部食べたらゲーム買って上げるからね」などと子どもの我が儘に追従(ついしょう)する情けない親が減らない今の我が国には最早未来はないんだろうな(>_<)。

今夜のニュースは大阪市の住民投票一色だろうな、橋下さんの詭弁に乗せられる大阪人ではないと思うけど…、

先週の書けないけど読みたい漢字
遽(あわただ)しい朝のひととき

今週の書けないけど読みたい漢字
雨が(歇)む

「親鸞」が読めない若者

鯉のぼり

最近は子どもの節句になっても鯉のぼりなど見掛けることが久しく寂しいな…、など思っていたが先週5日の早朝翡翠(かわせみ)の訪れる福田川の川縁(べり)を散策して居たら大町公園付近にあった、あった^^、百個ではきかぬ無数の鯉のぼりに願い事短冊などが川べりの対岸まで10数本の縄を渡して吊してあった。前の日に仕上げられたんだろう^^。洗濯物じゃ無かったんだ^^。風が吹かなかったのが残念だったがそれにしても両岸渡しの工夫には相当な労力が必要だったに違いない。福田川の鯉もビックリしたろうね。
♪屋根より低い鯉のぼり♬ だったな^^。

キリギリス

ジャーン、今年もうちの庭にキリギリスが多数誕生した。叢(くさむら)をピョンピョン跳び刎ねている、50匹以上は居るようだ、悪い目を凝らし乍ら何とか近寄り撮影に成功した^^。もう生まれて半月以上経っている様子、何を食べて居るのかしら?カラス豌豆の近くに沢山居るから豌豆でもたべているのかな?でも此奴は雑食性なので共食いが心配だ(;;)。

長い連休が終わってうちの前は何時ものように何時もの人の通勤路に戻った。この道は土地勘のない人には分かり難いし曲がりくねった路(うちを訪ねてくる人で間違わずにちゃんと来れた人が居ない)だが、対向車が躱(かわ)し難いために車が少ない処を好んで誰もが通勤路に利用されているようだ。几帳面に毎日1分と違わず通られる方が結構多いのは庭先に居ると跫音のリズムで大体その人の見当が付く、7時20分決まってピンヒールで全速力のお嬢さんも居る^^。転けたらどうするんダロ(>_<)、煙草を吸いながらの人は減ったがそれでも早朝6時台の10人に一人は煙草族だ、うちから駅まで7分あるから道端か側溝にポイだろうな、年配者も結構多いから肺癌が怖くても今更止められないんだろう。私は44歳で止めることができたのは好運だった^^。 或る雑誌に五木寛之さんがエッセイを書かれて居た。彼が「親鸞」を新聞連載した折、是非題名に振り仮名を付けて欲しいと頼んで新聞社の編集者に怪訝な顔をされたそうだ。仕方なく新聞連載の「親鸞」には大きな「しんらん」のルビが書き添えられることになったが、五木さんにはご自身で苦い思い出があり、書店で親鸞の「歎異抄」の帯に若いカップルが「これなんて読むの?」「おやどりだろ?」と話すのを聞いていてガッカリしながらも最近の若者の国語力の低さから「親鸞」に仮名付けの必要性を感じられたそうだ(;;)。「親鸞」の「鸞」は鳳凰の一種で神鳥の名だが誰も識らず書けない字で「親鸞」以外に使われて居るのを見たことがない。だから「親鸞」って読めるけど書けない字だと思っていたが、最近の若者の教養が低下しこの言葉も読めなくなったようだ(;;)。「歎異抄」など読まないのかな?「善人なおもて、往生をとぐ、況んや、悪人をや…」など万人が周知している言葉だと思っていたがそうじゃなかったんだね。五木寛之がルビを振りたくなる気持ちがよく分かった。

先月だったか将棋の話題に触れた。私は将棋は指せないし銀が横に行けぬこと位をやっと知って居る程度の超初心者だ。でも勝負の呼吸だけは心得て居るつもりで新聞二紙の将棋の観戦記は全て読んでいる。概して観戦記者はアドバイザーであるプロ棋士の着手への読みをその儘筆にするので棋力のある方には面白くても私のような超初心者にはチンプンカンプンだ。その点プロ棋士自身が観戦記を書かれる場合は、当然乍ら余り着手に拘らずに対局者の心理描写などを主として筆にされ読み物になっているから気持ち良く勝負の場の雰囲気に浸れる。特に島朗9段が観戦記を書かれる場合はプロ跣足(はだし)の筆達者だから、対局場の臨場感にどんどん引き込まれてしまう。私のように将棋を知らなくても観戦記を読んでいる者が居るんだから新聞社も一度将棋を知らない色んなエッセイストに観戦記を書かせたらどうかなと思う。阿川佐和子さんなんかどうだろうか。

詰将棋

その阿川佐和子さんだが先日週間文春で羽生名人と対談されたのを読んで居たら二人の息がぴったりで面白くその上阿川さんが私と同じ位初心者なのが分かった^^。羽生さん曰く「相手が長考していたので対戦相手がその間に散髪に行った」など、阿川さんでないととても聴けない面白い話ばかりだった。阿川さんは最後に羽生名人に超初心者向けの詰将棋を2つ出題されて苦心の末やっと解けた。3手詰めと5手詰めだが、阿川さんが解けるならと私も頑張ったら解けた、詰将棋など解いたことがないし解けると思ってなかったから嬉しかったね^^。

来週の17日は大阪市で愈々住民投票だ。公明党が反対で創価学会が中立と良く分からない戦いだが、都構想を愁いて居る連中が決して少なくないことを橋下さんは忘れなさんなよ。都構想と言っても決して大阪都になるわけでなく大阪市内の区が直接大阪府北区や南区になるだけだが、現在の24区が5区に減らされるのは経費削減の行政改革なんだろうがそれなら行政のサービス低下は避けられないし、現在各区が使用中の施設をどうするのか区の減少に伴い廃止されると思うが大阪市民にしてみれば不安でならないと思う。先ず600億円の庁舎の財源を何処から調達するかだが、税金しかないよね?特区にしても西成区を抱えこむ新中央区は迷惑だし、貧乏区と金持区の差が激しく区民の受けるサービスが大きく違って来るから道一つ隔ててゴミの日が減ったりと不満の声が大きくなるのではなかろうか(;;)。将来の構想も曖昧模糊として居り、賢い市民は間違いなく反対票を入れるだろう、その実、橋下さんも将来の構図など何もできていないのと違うのかな?
特区になれば住所の変更に伴う登記不動産の書換や会社の本店所在地の変更登記などが必要になるが申請書を書いたり法務局の手続きが素人には煩わしいので司法書士会だけは大歓迎だろうね。わたし的には橋下さんの都構想は時期尚早であり、経済界の中心が東京主導で動いている以上大阪は百年経っても東京都になれないことを察するべきだと思う。

先月29日米議会での安倍総理の演説を受けて、米のハーバード大学等教授多数が旧日本軍の従軍慰安婦問題に触れ、過去の侵略の過ちの清算を求めて総理に対し4日声明を送付したと報じた、戦後70年に際して日本が世界の祝福を受けるには歴史解釈への謝罪が必要だそうだ、今更何を…?韓国にでも乗せられたか!
日本人は黙して誰も語らないが、終戦後我が国に上陸した低俗なアメリカ兵達が我が国の多くの子女に対して働いた無体な凌辱の数々を彼等が知らないとは言わせないぞ、女性の尊厳を奪い去ったのはお前達の同胞じゃないのか!金を貰って身体を委せたプロとは大違いだ!謝罪すべきは安倍総理ではなく従軍慰安婦を帯同せずに日本に来たお前達アメリカ兵ダロ(>_<)。「戦後日本の歩みは祝福に値する」だと?「祝福を受けるには歴史解釈が障碍になっている」だと?巫山戯るな!要するに日本が戦後GHQの横暴にも屈せず瓦礫の中から這い上がって今日を築き上げたことが妬ましくてならないんだろうな。そんなことより、原爆投下を一度位「ゴメンナサイ」と言ったらどうだ!

先週の書けないけど読みたい漢字
彼は身動(じろ)ぎもしなかった。

今週の書けないけど読みたい漢字
(遽)しい朝のひととき

コント55号の欽ちゃん

笑って福

昨日は阪神淡路大震災から節目の20年目だった。今年に入って新聞やTVは震災の思い出などで満開であり世相のニュースなどすっかり省かれて居た、でも人々の中にはあの悪夢を早く忘れたいと思っている人も少なくないのではないか、神戸版だけかも知れぬが大震災に凝縮された紙面はある方々にとって少し惨かったと私は思う。もうお仕舞いにして鎮魂の追悼は10年刻みにすれば良いのではないだろうか。

昨日の大震災20年目である節目の集いには天皇皇后両陛下がお寒い中を遠路献花にお越し下された。05年にも来られたからから10年振りだ、次はまず無理だろうがお二人共に公務とは謂え老躯に鞭うってお痛(いたわ)しい限りだった。早く隠居制度を復活して皇太子に世継ぎされお二方手を取りあって悠々自適の余生に浸れないものかと憂うのは私独りだろうか。

大震災の一月前に誕生した孫が二十歳になり、年末に帰郷したが12日の成人式に行ってその儘東京の学校に帰って行った。前日家族全員で記念撮影に行くとか正装だったため「枯木も山の賑わい」と変な理屈を付けて私と愚妻が事務所前で孫と並んで写真を撮った^^。孫の腕にしっかりと掴まって仕合わせ一杯愚妻の嬉しそうな笑顔が印象的だな。

大震災当時愚娘達一家は昔私が事務所の厚生施設としていた神戸駅前の小さなマンションに住まっていたが、このマンションが幸い小型マンションの叢生期であるオイルショック前の昭和46年に完成したものだったため倒壊もせず親子3人全員無事だったが、若し2年後である48年の建造物なら鉄筋も生コンも諸費高騰で手抜きされあのオリエンタルホテルのように全壊して居たに相違なく、ひょっとしたら大変だったと思うし、そうなれば家族や周囲から私独りが非難の嵐を浴びて居たろうと当時安堵したものだ。そして震災当日生まれたての乳飲み子を抱えた愚娘一家を車で救出に出向いて頂いたご実家のお舅さんには心から感謝したいm(_ _)m。

昨年12月の日経新聞「私の履歴書」は懐かしやコント55号の萩本欽一だった^^。「私の履歴書」の執筆者は政治や経済界から功成り名を遂げた著名人や学者が定番だし芸能人なら勲章受章者クラスだからコメディアンは珍しい。12月は選挙の関係で新聞休刊日がなく31日間だから破格の待遇で大物扱いだ、小物だと2月に回されて27日間になる。彼は私より6歳年下だからもう73歳になるんだ。「きんどん」を毎週愛聴していた若者達世代も既に50歳を超えた。アラフォーの方は20年近く週100%(常時週3本あり何れも視聴率30%台)の驚異的な視聴率を誇って居た謂わば伝説的な「きんどん」とか「きんどこ」を知らないだろうな。彼は父親が事業に失敗したため中学卒業時に生活のためコメディアンを目指したがなかなか上手く行かず、坂上二郎と組んでコント55号として机を前にしたズッコケコントで劇場デビューしたが、TVに登場したのは27歳にもなってからだ、下積み期間が随分長かったから「私の履歴書」は苦労話でぎっしりと埋められて居る。私が彼を偉いなと思ったのは、東洋劇場の舞台の幕間に前座でコントをしていた貧乏のどん底時代に、この劇場に出演する雲の上の人である三つ年上の踊子(ストリッパー)のお姉さんに物心両面で力付けられて、此の人と結婚しようと心に決めるが「若い人と一緒になりなさい」とまるで相手にされずそれでも懲りずに求婚を続けるとコント55号が売れ始めた頃お姉さんはふっつりと消息を絶ち何処かへ居なくなってしまった。捜すのに手間取ったりして結局結婚まで20年を要したことだ(゚ロ゚)。その頃は欽ちゃんも貧乏のどん底から這い上がってすっかり大金持ちになって居た筈だし心変わりせず初心を貫いたのはホントに偉いな。そしてこの奥さんも大金持ちになっている欽ちゃんの求婚をポンと蹴飛ばしたのは欽ちゃんには元ストリッパーでは相応しくないとの覚悟を決めて居たんだろうね。ストリッパーになったのは親が亡くなり貧しくなった実家に送金するためで、家にも自分の職業を言ってなかったそうだ。でも20年経って欽ちゃんの求婚に対する返事がヨヨと泣き崩れて…なんかでなく、「なに?私をお嫁にするって?無礼者!私は長岡の士族だぞ」だったそうだから面白い奥さんだね^^、結婚後は一切人前に出ないで旅行すら一緒に行かず内助の功に徹し3人の男の子を欽ちゃんの名を使わず自分の腕で飯の食える立派な青年に育て上げたから甘やかし過ぎて子どもをダメ人間に育てて居るそこらの芸能人に欽ちゃんの奥さんの爪の垢でも煎じて呑ませたいよね。だから欽ちゃんは奥さんを妻とも家内でもなく必ず「僕の奥さん」と書かれる。奥さんを心から尊敬していることがよく分かるね、いい話だな^^。「私の履歴書」には奥さんと長男と親子3人の団欒写真が出ている。遅蒔きの結婚会見のとき最初で最後だと奥さんを説得して撮った写真だそうだ、奥さんの澄子さんは決して美人ではないが優しそうな人だった。長男は欽ちゃん似でなく奥さん似だったのは良かった^^。

欽ちゃんのコントが多くの人達の共感を呼んだ一つには彼が小さい頃借金取りに追われて実に貧しい生活を送ったためだろうと私は思う。差し押さえが来るから今日から当分毎夜11時まで帰って来るなと母親に言われ、寒空を公園で過ごす件(くだり)は圧巻だ、差し押さえの執達吏は誰か家人が居ないと不法侵入罪になるから家の近くで家族の誰かが帰って来るのを待っているそうだが彼等も仕事だし残業手当も出ないから夜には帰って行ったのだ、お母さんは万一を慮って11時門限にしたのだね、不在だと赤紙が張れないなんて知らなかったね、尚、家への出入りは念のため全員風呂の窓だったそうだ。こんな話は体験者しかできないよね。「経験者は語る」だな。

最後になるが、彼が今も一番好きだと思っているギャグは読者投稿番組「子どもと母親の会話」にあったと書いてある。彼の暖かみを感じさせるその素晴らしいギャグをご紹介しよう。
子ども「母ちゃん、僕の弁当のおかず毎日梅干しだけじゃないか」
母親「だけど梅干しの位置は変えてるよ」
思わず笑ってしまってから泣けてくるよね、「お金がないから…」とか「我慢しなさい」では温かみがない、此のギャグに心が柔らかくなれない人はお金持ちの家に育った人だろう。投稿した人はきっと小学生で貧しい家庭に温かく育てられてた子どもかも知れないね。本当に心暖まる31日間だった、欽ちゃん有難う。
コメディアンでは亡くなったけど横山やすしなど自伝があれば是非読んで見たいな、西川きよしなんか胡散臭くて絶対に読みたくないけどね。

著名な女流作家であった宮尾登美子さんが亡くなったと先日新聞が報じた、逝去されたのは年末の30日だった。彼女は高知の芸妓紹介所に生まれ、薄倖な芸妓の生活を目の当たりにした生活を通して「櫂」「陽暉楼」「寒椿」と色町に売られた女性達の悲しい姿を発表され一躍人気作家となった。映画「鬼龍院花子の生涯」で夏目雅子が放ったセリフ「なめたらいかんぜよ」の高知弁は余りにも有名だ。下ネタで有名な「なめたらいくぜよ」は上記に由来する。

処で宮尾登美子は作家生活50年以上になる一流作家だから財産も半端ではないと思う。亡くなったのが26年中だったから幸運にも相続税の増税直前だ、もう2日生き存えていたら財産を仮に最低10億円としてざっと見で1億円位相続税が増えていたんだろうと思う、でもご主人は3歳年下だが10年前に亡くなって居るから配偶者控除50%の恩典もないし、今後売れても売れなくても多くの作品の著作権にしっかり相続税が課税されるから遺族は納税に大変だろうな、こんなこと考えつくのも私の職業の悲しい性(さが)だ(;;)。

先週の書けないけど読みたい漢字の答え
孑孒 
ぼうふら(蚊の幼虫)と読みます。音読みは「げっきょう」です。孒一字でもぼうふらと訓読みします。此の字は他には殆ど使われないし画数が少ないから憶えやすいので友人に試したら愕かれるよ、あなたも今日から書ける熟語が殖えたね^^。右の字と左の字を間違えないで…

今週の書けないけど読みたい漢字
雲の(随)に洩れ出ずる月

猪瀬直樹の嘘を見抜いた男

P1040238

年末調整の最終チェックにお得意先相続税財産評価の計算とお正月ボケなどして居られず、あっと言う間に10日間が過ぎていった。
自宅の畑で採れた1本3kgもある大根2本を痛い腰に我慢して必死で持ち挙げている愚生です。本年数えて81歳になりましたが、頭の毛が限りなく心細くなり透かして見ないと見えなくなっているのに我ながら仰天した(゚ロ゚)。散髪屋に行って整えてきたばかりなのに…(;;)

脚本家の久世光彦には先週触れさせて頂いたが、私は彼と向田邦子の大のファンだ、彼女の生前は勿論亡くなってからも毎年お正月にTBSから向田作品をお茶の間に送り続けてくれたTBSプロデューサー兼脚本家久世光彦との名コンビはとても有名で皆様もよくご存じだよね。古いことになるが昭和45年に始まった「時間ですよ」は下町の銭湯を扱った異色のドラマで当時は女性の裸体が写ることに抗議の電話が絶えなかったそうだが、番組は好評で第二編第三編と続けられ20年もの間再演されたから、恐らくドラマの日本記録ではないかと思う。偏(ひとえ)に久世さんのプロデュースと森光子さんの魅力と健康の賜物であったろう。
このドラマで松山英太郎が演じた長男にお嫁さん(松原智恵子)が初めて家に入った晩にお母さん役の森光子が「息子が嫁を貰うってことは家族が1人増えるんだと思っていたら、減るってことだったんだね」と嘆くシーンがあったが、この言葉に久世さんはほとほと感心されたそうだ。シナリオを書いた橋田壽賀子の名台詞だ、そっか、家族ってこんなに昔から核家族化が始まって居たんだ、同居の核家族化は別居よりもっと悲しいかもな(;;)。

上述の久世さんは東大文学部の出で文筆に長けシナリオだけでなく小説も沢山書いているが、彼の小説はどれを読んでも何故か自虐主義なのか何れも内容が暗くて少しも面白くない、然し彼のエッセイとなると途轍もなく歯切れが良く、レベルは恐らく山本夏彦翁に次ぐランクではなかったかと思う。
彼のエッセイを読むと向田邦子の思い出話などに思わず引き込まれてしまうよ。久世さんは私と同じ昭和10年生まれで9年前に急死されたが未だ未だ活躍して頂きたい惜しい人だった、佳人薄命だね、その彼が今から20年程前59歳のとき日本経済新聞に半年間連載され、更に中央公論社から上梓された「ひと恋しくて」は彼の周囲の文化人の人物像を彼独特の解釈で描かれたもので76人も登場するが、この中で彼の卓越した洞察力を示した一文を今日は皆様にご紹介したい。その文化人の一人は昔作家であってあの東京都知事だった猪瀬直樹だ、この人と久世さんは昭和天皇に関して同志であって対談会などされ知己となられたそうだが、猪瀬直樹の印象について久世さんの眼力の鋭さに驚嘆した、「彼は当初怨みがましく炯(ひか)る目だったのが、この頃幾らかあの当時の怨念が薄れてきて心配だ、日当りの良い表に出てきて気負って居るのが気になってならない、無双窓の蔭で目を炯らせて居るのが彼の真の情熱だと私は思っている」と評されていた。鋭い洞察力だね^^。人は自分の器に過ぎたことはすべきでないのだ。書かれた時期から恐らく猪瀬直樹が小泉内閣の行革断行評議会の道路公団事件の委員長として道路公団の藤井総裁を糾弾して居る頃だ、その彼を見て久世さんは「此の人は変わった、表へ出るなどとんでもない、こんな人じゃなかった」と危惧されたんだ、見る人は見ているんだなと私は膝を打った。批評家は役者にはなれないし、なってはいけないんだね、「評論家に小説書けぬ」とは古くからの言い習わしだ。猪瀬直樹は「ひと恋しくて」をしっかり読んで居た筈(久世さんから本を寄贈さられたと思う)だから、道路公団事件以後無双窓の向こうの作家生活に戻るべきだと久世さんは暗に仄(ほの)めかしたと思うが、猪瀬直樹が愚かにも気付かなかったんだろう (>_<)。処で彼を東京都副知事に据えた石原慎太郎は日本経済新聞を読んで居なかったんだろうか。
(注) 無双窓=格子があって中から外が覗ける窓(昔の櫺子窓)
久世さんの思いを借りると胡散臭い人には二通りあり良い方が向田邦子にあの胡散臭さが堪らなく好きと言わしめた久世さんの大師匠である森繁久弥であり、良くない方が猪瀬直樹ではなかったろうか、人間身の丈に合わせて生きて行かないと猪瀬直樹のようになるんだろうな。猪瀬都知事5000万円事件のとき久世さんはとっくにこの世の人ではなかったが、久世さんは此の事件を知らなくて良かったね。
因みに久世さんは「光る」と書かないで決まって「眼光炯々(けいけい)」に使われる炯(ひか)ると書かれる。恐らく自分の名前が光彦なので「光る」を用いることに烏滸(おこ)がましい思いがされたのではなかろうか。でもとても難しい字だから読む方は大変だね。

彼方此方で異物混入の大合唱だ、社長が参議院議員のため新聞報道はされないが、僅か二月間にワタミの宅配弁当に草の茎から毛髪にネジまで混入していたと内部告発があったと週刊誌が報じプラスのネジ写真入りの分析報告書まで添付されていたからビックリだ。先週大阪でマクドナルドのフライドポテトに「人の歯」が入って居たり、福島県でソフトクリームにプラスチック片が入って居て子どもが口に怪我をしたりと中国の工場で期限切れの鶏肉使用が昨夏発覚して業績が低迷しているマクドに追い打ちの暗雲が立ち籠めている。「廉かろう」は「悪かろう」だもんな。プラスチック片は兎も角「人の歯」は気持ち悪い(><)。一方ベビーフォードの大手和光堂で肉じゃがの袋に「コオロギ」が入って居たと通報があり調べているそうだが、ゴキブリじゃなくコオロギとは可愛いね^^。幼い頃コーロギを炒(い)って食べたことがある、食べたって良いんじゃないの?戦争中は少なかった蛋白源でイナゴより柔らかくて美味しかったね、あの頃は絶えず空腹で食べられそうなものは雑草でも食べたし、白粉花の花を抜いてチュッと蜜を吸うと甘かったな^^。話が飛んでゴメンm( _)m。

昨日の朝刊に朝日の元記者が週刊文春などを相手取って名誉毀損による賠償を求める訴訟を提起したと書かれた、でっち上げの慰安婦報道を否定されたことへの腹いせだが、彼曰く「憲法が保障する言論の自由」だそうだ(>_<)。盗っ人猛々しとはこのことだ。これを牽強付会と言わずして何を言うか!朝日新聞は亡国の徒の集団だな、国民の味方を装って居る分だけオーム真理教なんかより悪質なんではないの?

先週から書けないけど読みたい漢字のコーナーに変わりました。
先週の答え
檸檬(レモン)と薔薇(ばら)でした。
木へんで「ねいもう」と憶えておくと書き易い、薔薇は「しょうび」だ、草冠にけちんぼの嗇と微か(かすか)の「微」のπの上に一本棒を忘れないことだ。旧字体には「微」にも山の下に一本棒が付いて居たことを知る人も少なくなったね。

今週の書けないけど読みたい漢字
孑孒
「こんな字は知らん」なんて言わないで…

円地文子の「女坂」

秋の装い

台風一過、本当の秋がやって来た^^。28度が一遍に19度に下がったから震えたね、うちの小さい庭にも小さい秋が来た。短い秋だから大切にしよう。
大きな颱風だったが被害は予想より遙かに少なく僥倖だった^^。風も思ったより強くなく雨だけで済んでホッとした。でも私鉄は動いているのにJR西日本は気象予報だけで前日早々(はやばや)と運休を宣言して早くに運行を取り止め多くの乗客から顰蹙を買った。未だ台風が来ても居ないのに運休を決めるなんてあんまりだ、切符は払戻が受けられるが、定期券の乗客はどうなるのか?JR駅周辺の商業施設もやむを得ず営業を終了させられたから、他人(ひと)を顧みぬJRの姿勢は停電で車中泊などを恐れた過剰防衛と非難されても仕方がない、やっぱ国鉄の体質は変わらんね、強者の驕りだな(>_<)。

池上彰と謂えば天下の朝日新聞を相手に一歩を引かずに刃向い遂に頭を下げさせ男を上げたNHK出身の著名な経済評論家だ、昔「週刊こどもニュース」のお父さん役で一躍有名になってたよね、あの番組は分かり易いので子どもより大人の方が多く見ていた。小難しいことを謂う経済評論家より遙かに日本経済の仕組みがよく理解できたからだ。今では各紙にコラムを抱えて大忙しだが、この方の文章は自己主張がなく平易でバランス感覚に富んだ処が読み手の魅力だと思う。日経朝刊に連載されている「大岡山通信」では先々週「美しい日本語」と題してロシアのウラジオストクを訪れられたときの出来事を記されて居た。此の街には極東連邦大学があり国際関係学部の日本語科には多くのロシア人が学んで居り、誰もが親の仕事の関係から日本語を学んで居たが、一人の女子学生だけは違っていて、彼女の日本語を学ぶようになった動機が「日本語は音楽のように美しい言葉なので勉強したかった」そうだ、仰天するね(゚ロ゚)、日本人の日本語は漢文の素読などで培われた五七五調の抑揚に富んだ美しいイントネーションから何時とはなく平坦な口語体に変わって他国の言葉に比しとても貧弱で恥ずかしいものになったと私は思って居たから一人のロシア人の少女にこんな風に言われると戸惑ってしまう、「勉強して見てどうでしたか?」の質問の答は「矢張り美しい音楽だと思いました」だったそうだ^^。感性と謂うものは人によって異なるものだろうが、私の喋っている日本語も美しい音楽なんだろうか?確かにロシア人やドイツ人が唾を飛ばしながらガ行ダ行と濁音をがなり立てることを思えば抑揚に乏しい平坦な日本語が美しいと思えるのかなと思ったが、みやざき中央新聞に書かれて居た「虫の鳴き声とか打ち寄せる波や小川の潺(せせらぎ)など自然界の音を聞き分けられるのは日本語固有の特長で他国人には日本語に余程精通しないと此等の擬音語が雑音としか聞こえず帰国子女も日本語に堪能になれば此等の擬声音が雑音でなく雅な響きとして聞こえる」そうだから日本語って本当は美しいのかも知れないね、今も窓の下では蟋蟀がコロコロと囀(さえず)っており私の心を優しくしてくれて居るが、他国人には此が雑音としか聞こえないなんて可哀想だね。

このロシアの少女が日本語に触れて真の美しさを見出したのは「川端文学」であり、それも「伊豆の踊子」でも「雪国」でもなく「山の音」だったのには池上さんも仰天されたとか…(゚ロ゚)、「山の音」は高校のとき読んだが、老いを自覚した実業家が深夜に響く山の音を死の予感として恐れながら尚恋心を燃え滾らす晦渋な作品で我が国の学生でも先ず読み熟せるとは思わない、ましてやロシヤ人の少女において況んやだ、好きな作品に円地文子の「女坂」が登場したのには池上さんも絶句されたそうだ、村上春樹などと違ってこの作品にロシア語訳があると思えないから日本語の新潮文庫でも読まれたのだろうが、「女坂」は孤立無援の生涯を生きた「明治の女」を描いた作品だ、明治政府の高級官僚が妻の心も慮らず妻に探させた稚い少女を愛人として同居し、さらに二人目を、ついには息子の妻とも関係を持ち妻の心をズタズタにするが妻は心の奥に悲しみも恨みも怒りも抑え込みじっと耐える、彼女の心の葛藤は年月の経過と倫理観の隔絶もあり到底現代学生の理解を超えた世界だ、櫺子窓(れんじまど)とか絎台(くけだい)権妻(ごんさい)など聴き馴れぬ言葉が満載だから今の日本人学生でも全く手に負えぬだろうね、それに我が国の学生は円地文子を知っているだろうか?不惑を超えた愚娘も知らなかった(;;)、日本語を音楽として捉え、軈ては円地文学にまで辿り着くなんてこのロシヤ人の少女の教養の深度は物凄い!脱帽だm(_ _)m。ロシア人ってプーチンみたいな陰険で邪悪で腹黒い人達ばかりじゃなかったんだ!

美しい日本語の序でだが、夏目漱石は東京大学(旧制一高)での講義で「I love you」の和訳について学生の質問に答えて「月がとても綺麗ですね」と答えたと謂われる。トンチンカンな訳のようだが私は含蓄に富んだ良い訳だと思う。日本人とアメリカ人の感性の相違で此の言葉を直訳して受け止めるには何時の世も日本人の貧弱な感性では無理があるのではないか。特にあの当時は「I love you」を訳する言葉がなかったし、シャイな日本人は「愛する」は男女間の話言葉として浮き上がるので使ってはいけない言葉の範疇に入れられていたのだと思う。
現在ではどうだろう、矢張り愛すると言う言葉は話し言葉ではなく「僕は君がいっちゃん好きやねん」位が良いのも知れないね、直訳すれば言葉だけ浮き上がってお互いの雰囲気をぎこちなくするに違いない。漱石の言いたかったことは「I love you」の「love」を当時も今も日本語に直訳することにはムリがあり、相手と寄り添っていることへの満ち足りた自分の心の状態を言いたかったのではないかと思う。私なら「ずっと一緒に居って欲しいなあ」と訳したいと思う。「愛」と謂う言葉を使って似合うのは宝塚歌劇団の舞台位じゃないのかな?
真の愛は見返りを求めないものだと謂われ、一方では「愛は真心、恋は下心」と言う言葉があるが、「心」の位置が字の中心か字の下かを捩(もじ)ったもので面白い比喩だ。愛は恋ではなく純粋なんだね、それなら恋はセックス目的なのか?

小渕優子経済産業相に進退論が巻き起こっている、お父さんの急死から何も分からぬ儘、後継者となって14年、お嬢さん育ちだからお金のことなんか自分の議員報酬だって知らぬだろうな、まして講演会の観劇会費なんて自身はゲストのつもりで居たに違いない、多くの会員が12000円の会費を払ったと言っているから全てはこのお嬢さんを操り人形にして先代から事務所に棲みついて古狐達が懐を肥やそうと優子さんをタレント扱いし彼女は蚊帳の外なんだろうね。優子さんはまるで枕芸者をさせられるAKBだね。可哀想…(;;)

阪神が久し振り9年目の日本シリーズだ!他チームでなく巨人をやっつけたのが痛快だったね、甲子園でなかったのが残念だったが、巨人の本拠地東京ドームだったから巨人ファンに一泡も二泡も吹かせ逆に良かったのかも知れないね、快感だったなあ^^。

先週の仮名付けの答え
愕いて目を)瞬(しばたた)く 瞬(またた)く間に通り過ぎた

今週の仮名付けの問題
妻と(逸)れる 話が(逸)れる

「小学館」は偉かった

未だ6月なのに真夏日が多くなって連日熱中症で運ばれる人が続出して居る。寒いのは保温の手立てもあるが、暑い戸外では上がった熱を下げる手段が余りなく、我々の幼少時と違って冷房が当たり前の時代となって室外機から出るフロンがオゾン層を破壊して居ることが高温の原因であり、食べる物も着る物も石化製品ばかりに囲まれた生活が躰から暑さに対する抵抗力を奪い去って居るのだろう。地球が滅びるのももう遠くないね(;;)。

「幸せにすると言ったのに、幸せになったのは俺の方だ」
此は山口県の小野田市が募集した「女と男の一行詩」の最優秀作品だが、妻の仕合わせを心から嬉しく思う気持ちが滲み出ていい詩だね。とても感激した、日本人らしい謙虚で控え目な表現が良かった^^、妻の愛を全身で受け止めて仕合わせを噛みしめた詩だ、きっと夫婦の会話も少なめでも以心伝心満ち足りた生活を送って居られるのが手に取るように分かるね。本当に仕合わせなのは女性の方かも知れないが、そんなことはとはどっちでも良い位仕合わせな夫婦だ。「僕」ではなく「俺」だった処が夫婦の年輪を感じさせるね。
昔或る哲学者が「男は一人では仕合わせになれない、男は女が仕合わせになって呉れた姿を見て自分の仕合わせを始めて知ることができる」と言った。相手の仕合わせな姿を見て自分の正しいポジションが実感できるなんていいね。でも男の仕合わせって相手任せだとしたら、男の仕合わせは巡り会う女性次第で儚い蜉蝣(かげろう)のようなものだろうか、難しいテーゼだね。「ソクラテスの妻」なんて可成り有名な比喩だ、幸い私など生来浮気性の詰まらぬ男であり乍ら充分すぎる程仕合わせな人生を送れたから50年以上も私を支えてくれた糟糠の妻には心から感謝せねばならないね^^。

福島県内放射線被曝に関し、漫画「美味しんぼ」が先日のNHK「クローズアップ現代」で取り上げられた。漫画が放射線被曝実態の主役を務めることになろうとはよもや思わなかったが、私は漫画「美味しんぼ」の作家がこれまで誰も知って居ながら誰もが言わなかった被曝に付いて元町長の口を借りて国民に真実を告げたことを偉いなと思った。然し3年余りも事実を隠蔽し国民を疑心暗鬼に陥れた一番の犯人は政府や東京電力によって懐柔された科学者だと私は思う。彼等科学者の言い種は「明らかに健康被害が出るとは考え難い」とか「安全と言えるかも知れない」など言葉を濁して逃げ、決して結論を下さないことだった。人間なんてものは必ず言葉の裏を読むものだ、「健康被害が出るとは考え難い」とは逆に言えば「被害が出るかも知れない」と謂うことであり、「安全と言えるかも知れない」は明らかに「安全と言えないかも知れない」を暗示して居る。「勝てるかも知れない」と監督が謂えば選手はきっと「負けるのでないか」と思うのと同じだ。彼等に真の科学者の矜持があれば「私にはコメントできない」とどうしてはっきり言えぬのか!きっと此の科学者達は政府や東京電力から生計(たつき)の糧を得ているから言えないんだと思うが情けないよね、何が科学者や!然し若し反骨の科学者が居て被曝実態について発言したとしてもマスメディアは政府に遠慮して必ず握り潰し活字にしなかったろう、漫画だった処が意表を突いた、小学館の編集長は偉かったね^^。

健康被害と謂えば、先日天皇陛下と美智子妃が足尾銅山田中正造記念館を訪れられ鉱毒汚染による渡良瀬川周辺の農民達の悲劇を明治天皇に知らすべく直訴しようとして阻まれ果たせなかった憂国の士田中正造の直訴状をご覧になったそうだ。思えば直訴から113年を経た。何故か足尾銅山渡良瀬川鉱毒の悲劇について此までどの天皇も目を背け100年余は長すぎた、昭和天皇は戦後全国彼方此方に植樹など行かれたが、一番始め足尾銅山に足を運ぶべきだったのではなかったのか、何を今更…と万感の思いが胸を打つ(;;)。

先週木曜日朝刊の社会面の左右両面に滋賀県高島市と謂う聞いたこともない街の事件が報道された。片や神戸沖埋立処分場で基準値を遙かに超えるダイオキシンを含んだ廃棄物が永年に渉って高島市から運び込まれて居たことが発覚し此が故意であったことを市自身が認めた怪しからん事件で、片や高島市の市立中学で生徒が校舎三階から転落し、原因が苛めによるもので原因を究明中なんだそうだ(;;)。此の市は9年前に高島郡の5町1村が合併してできた市で滋賀県で一番面積の大きな市だそうだが、市の名前を知らない人が多いから同じ日に事件が2件も新聞を飾れば市名のプロパガンダは絶大だったね、だけど知れ渡ったのが此の市の悪名だったのは情けない(;;)、此の二つの事件のせいで此処の住民が他所の地で自己紹介し「あの高島市の方ね」とか謂われのは辛いよね。二つともに何処にでもある事件だが同時に発表されると高島市が如何にも札付きの悪質な街だとの印象を持たれてしまうから市関係者は大変だったろう、観光地などでなくて良かったが風評の消えるまで此処の住民は自分が高島市に住んで居ることを他の人に知られたくないだろうな(;;)。

東京地検特捜の対象にされたスイスのノバルティスファーマって製薬会社は世界でナンバー2の地位にあり乍らメチャ悪い会社やな、似た薬など幾らでもあるから医師会は全国の医師に対して此の会社の発売している薬を処方しないように通達して我が国から追放できないものかな?でも製薬業界では此の会社など氷山の一角なんだろうね(;;)

先週の仮名付けの答え
①入魂 ②入水 ③入牢
①じっこん (親しく付き合う) ②じゅすい(水中に身を投げて死ぬ) ③じゅろう (牢屋に入れられる)

今週の漢字挿入の問題
①川の流れを(セ)く ②風邪を引き(セ)く ③二人の仲を(セ)く ④彼との時間に(セ)く

難読漢字や仮名付けは難しくて不評のため今週から易しい「漢字の挿入」にしました^^。
此の字はそれぞれパソコンで検索できる簡単な字だが、パソコンのエイトクは熟語の構成まで配慮してくれないから、間違った漢字を充ててメールの相手に貴方の教養を疑われることのないようにしてね。

松本清張さんの短編

夕方庭の雑草に水を遣って居たら幼稚園位の子どもを連れた母親が通り掛かり、子どもがうちのプランターにお菓子の包み紙を捨てたのを慧眼見逃さず「コラッ」と叱ったら母親に怖い顔で睨まれた(;;)。この頃は子どもに甘い毎親ばかり蔓延って困ったモンだ、親が子どもを叱らないで他人に叱らせてどうするか!子どもって叱られないと自分の非が分からないんだよね、子どもの躾(しつけ)もできないで日本の国を段々ダメにする次代をぼこぼこ産む無自覚な母親が多くなったのには心底情けない(;;)。世も末だな!

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世知辛い世の中だが、私の期待は裏切られることなく今年も庭ではキリギリスが誕生した^^。先週の日曜日池のメダカに餌をやって居ると叢で何かがピョンと飛んだ、目を凝らして良く見たらキリギリスの赤ちゃんだった^^。もう生まれて半月以上にもなるようだが全く気付かなかった、昨年より見付けるのが1週間早かった。蛇苺の葉っぱに止まって居るのがお分かりでしょう。他に沢山生まれているようだ^^、先々週ご紹介したトカゲに食べられないことを願い、出かけた序でにコーナンに立ち寄ってトカゲの食糧にとコーロギの赤ちゃんを沢山買ってきて庭に放した、可哀想だけどキリギリスを絶やす訳には行かぬものね。コーロギは大型熱帯魚の餌として売られているもので私だけが残酷なことをして居る訳ではないから分かってね。
何時もキリギリスを分けて貰う金魚屋の桜谷さんに言ったら、トカゲより燕の方がずっと怖いで…と言われてしまった(;;)。

牡丹が終わったので雨後でもあるし木曜日に株を樽プランターから出して雑草の庭に植え替えた。一抱えの穴を掘っていたら底から大きな蝉の幼虫が出てきた^^。蝉になるには少し早いのでもう一度土に戻そうと掌に包んだら此奴は思い切り私の中指の根元を挟んだ(;;)、離そうとしたがまるで離れず鋏の力は強くなるばかりで必死の様だ、痛くて指が切れたようだ、でも殺すのは可哀想だし窮余の一策、掘った土の中へ掌を潜り込ませてじっとしていると暫くして鋏が外され楽になった^^、此奴は此の強い鋏で地中を開拓して食べ物を捜しているのだと察したが、私の掌を外敵と勘違いしたのかな?昼下がりのとんだハプニングだった^^。

最近数十年振りに松本清張作品を読んでいる。何回目になるか分からない位だがこの歳になると読み応えのある長編はしんどくて根(こん)が続かず専ら短編になるが、彼の作品は短編の方が読む者の心を抃(う)つ。「張り込み」や「二階」そして「黒地の絵」など何れも男女間の心の内の葛藤をモチーフにし愛する男への悲しい女心を描いたものだが、読者の儚い期待を裏切る結末が牴牾(もど)かしく心を揺さぶり、彼女達の終着駅が身を捩るほど哀れで残酷で他の作家には先ず書けない秀作が多く、特に「張り込み」など一瞬燃え上がった淡い女の夢の実現と直後の絶望が描かれて居り絶品だ。
反面清張さん程悪女を書かすとこれ程手練れな作家は居ないとは宮部みゆきさんの書評だが「鬼畜」にしろ「霧の旗」或いは「一年半待て」など男にはできない残虐さは怖い位だ。
清張さんの作品を読んでいると「黜陟(ちゅつちよく)」とか「敗衄(はいじく)」など浅学の私にはまるで理解できぬ難読漢字がそれこそ湯水のように出てきて辞典を引いている時間と本を読んでいる時間とどちらが長いか分からぬ程だ^^。それはそれで別の楽しみがあるのだが、彼は小学校を卒業しただけで給仕や印刷工場の見習いをしながら時間があれば図書館に通って文学全集を読んで居たから漢字は全集を読んでは辞書を繰って独学で習得したのだろう、偉いね、彼の作品には「風丰」(風貌)とか「彳む」(佇む)など画数が少ないのに漢字検定1級の配当漢字にも登場しない字がぞろぞろ出て来るからその都度戸惑ってしまう、漢検辞典(6000字)に見付からない字は大漢和辞典(2万字)を引くことになるが高等小学校卒業なのに…凄いなとつくづく思う。

清張さんが用いる漢字には我々世代の人間が普段用いる字と違って独特の字があり、「楽しむ」を「愉しむ」、「恐い」を「怕い」、」「恐れる」を「懼れる」、「驚く」が「愕く」、「頼む」が「恃む」、「訴える」が「愬える」と好んで忄(りっしんべん)を用いられるが昭和の字と謂うより彼が登場人物の心の動きを重視したからだろうと思う。それ程漢字に精通した清張さんでも時折誤字があり「忌まわしい」を「忌わしい」と書かれる。活用は「忌む」から送られる変化だから「忌まわしい」が正しいから弘法も筆の誤りだろうね。でも「忌々(いまいま)しい」なんて言葉もあるから漢字って難しい。出版社も清張さんの原稿は校正フリーパスだったんだろうな。己の無学を曝すようだが「微恙(びよう)」なんて言葉は清張さんの本から憶えた。辞書を繰ると「恙」は病気のことなんだ、軽い病いのことを「微恙」と言ったんだ、そう言えば小学唱歌「故郷」の2番に「♬恙(つつが)なしやとも垣♪」なんて歌詞があったのを思いだした^^。「恙なし」を何となく「無事で居ること」かな?と思って居たが、病気をして居ないことだったんだね、序でだが「とも垣」なんて素晴らしい言葉が「垣をしっかりと結ぶように人と人との交わりのことだなんて今の連中には分からんだろう」と言われたのは鋭い舌鋒で昭和稀代のエッセイストと謂われた今は亡き山本夏彦さんだったよね^^。

今日の女子プロゴルフサイバーエイジェント最終日はグラビアアイドル宛ら17歳18歳のスリムなフレッシュアマチュア二人が首位発進と謂う前代未聞の展開となり、惜しくも優勝には届かなかったが女子プロ全員真っ青だったね^^。最近はお好み焼き屋の小母さんっぽい体型重量級韓国人の優勝が多く、ファンが離れているから我が国ピチピチギャルの躍進には逃げたファンもきっと帰ってくるだろう^^。女子プロツアーも年齢制限35歳と体重制限55kgにしたらどうだろうね?見に来ている観客って男子プロと違って技量ではなくルックスとファッションとショットの姿態だもんね、整体士みたいな朝鮮スタイルなど誰も見たくないよ。

ブルータスお前もか!小保方さんの調査委員会の連中のボロがいろいろと綻び掛けてきた。足下に火が付いて彼等も他人事ではなくなってきたね、いい気味だ^^。

今週の仮名付けの答え
① 潤う ② 潤む ③ 潤びる
①うるおう ②うるむ ③ほとびる(水や湯で指先がシワシワになること)
(例) 風呂に入りすぎて指先が潤びた

今週の難読漢字の問題
① 白地 ②白湯   ①は難しいですよ。

「私という運命について」

入学式のシーズンが到来した。下の孫が今春高校生になったが、中高一貫校であり何となく高校生に持ち上がったから全く感激がない。流石に次は受験になるのだが、高校と大学入学には必ず受験を体験することが竹で謂えば節を作る貴重な時間であり人間形成に不可欠だと私は考えて居る。難易度は別にして大学受験のための予行演習としての高校受験だろう。「始めて下さい」の声で問題と答案用紙を探るざわめきにはこの歳になっても高校受験と大学受験の緊張感が甦り、私の人生はあの試験でスタートしたんだと実感する。それはそうと私も6月は10年目の漢検テストになるが行けるかな?体調が余り良くないので気掛かりだ(;;)

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お花見に出かける元気もないので満開だし昨日早朝の散歩のついでに近くの愛垂児童公園のベンチで一休みし暫時桜を愛でることにした。愕いたことに雀が数羽やってきて枝に止まり桜の花片を啄んでいる、見ているとどうやら食べて居るようだ、この頃はご飯やパンを投げて呉れるお年寄りが居なくなったせいかも知れんが近頃の雀は風情がなくなったな:-)。
50坪位の小さい公園だが砂場もちゃんとあった。見ると砂が減って固くなり幼児が遊んだ形跡もなく雑草が所々生えているのには魂消た:-)。これでは散歩のワンちゃんもウンチをする気にも成れないね。この頃の子どもは砂場で砂を掘って遊ぶことを忘れたのかな。うん、きっと母親が犬も敬遠する砂場なのに「犬のウンチがあるから入ったらアカンよ」など言って子どもを砂場から遠ざけて居るに違いない。そんな過保護なことで子どもが育つのか!何のための砂場やろ?

マキノ出版の書籍「成功力」には笑顔のコツが書かれて居るとか…、誰かが先に笑えば自分の顔にも笑顔が宿るそうだ^^。宮崎中央新聞への投稿だったが、或る日スーパーでブスッとした店員に会ったので、「客商売だのに無愛想だな…」と思い、レジするときに此方からニコッと笑って「有難う御座いました」と言ってみたら店員さんの顔が忽ち変わり、弾けるような笑顔が返ってきたそうだ。その店員さん無愛想だった訳でなく普段からそんな顔であり、笑顔のきっかけがなかったのだろうね。日本人は無表情だとよく外国の方から評されるが、笑うと「ヘラヘラするな!」とか「不謹慎だ!」など幼い頃から教え込まれたせいで知らず知らずに仏頂面になるのかも知れないね:-)。自戒しようm(_ _)m。
先日クローズアップ現代で国谷裕子さんとキャロラインケネディー駐日大使が対談されて居られたが、キャロラインさんが絶えず笑顔と共に話されて居た。主役と謂うものは常に余裕を持ち斯くあるべきだと知ったが、日本人が主役だとこうは行かぬから矢張り民族性の違いなのだろう、でもケネディーさんあれだけ笑顔を作りながら喋って疲れないのかな?
国谷さんとケネディーさんは57年生まれで同じ年だが、私が瞥見した処キャロラインさんに顔の皺が多く一回り(12歳)位年長に見えたから国谷さんはトクをしたね。ずっと笑顔を作って居ると筋肉の緊張からどんなに手入れを怠らなくても顔の皺が増えるのと違うのかな?

先月から5週に渉って「私という運命について」がテレビドラマ化された。ある女性の揺れる10年間(30歳から40歳)を描いた白石一文の作品初めての放映だ。此の作家のものを読むのは昨年毎日新聞夕刊での連載「神秘」(今月単行本出版予定)が初めてだったが、毎夕読んでいて人間の運命の不思議さに魅了され此の作家の数多くない既刊本を全て購入して読了した。彼の作品の主人公やその周囲には必ずガンなどの病や不測の事故が登場する、一貫して彼の作品に流れているものは題名に見られる如く病などに直面したことで主人公の人生観が一変し「生きる意味」について「私とは何か」の命題を作者が読者に執拗に問い掛け運命の不可思議と人間存在の根源に迫る処にある。彼は現世が仮のもので我々の一生は全て幻想だと信じて疑わない観念論者であることがよく分かったが、私もこの世はイリュージョンだと信じて疑わずデカルトやケルケゴールに心酔して居た学生時代が懐かしかった^^。「心」って形がないもんね、形がないものは絶対になくならないよね^^。
ドラマの方はキャリアウーマンを演ずる主人公役が永作博美では明らかに力不足で不満だった。檀れいでも使えば視聴者の好感度も増し作品が引き締まったろうに残念だったな:-)。

昨日の毎日新聞夕刊の一面トップは大きな写真入りで5段抜きマー君のメジャー初勝利の記事で殆どが占められた^^。いい顔になったな、スポーツ記事がトップを飾るのは異例のことだ、日経はどうかなと見たらトップ記事ではなかったけど矢張り一面中段を飾っていた、マー君日米通算100勝だそうだが、6年間故障せず頑張って是非160億円の外貨を持ち帰り、我が国の対米貿易赤字を少しでも縮めてね。

袴田さんの再審決定に対して検察は即時抗告をした、「過ちを改めるに憚ること勿れ」の格言を知って居たろうに面子(メンツ)と謂うものは恐ろしいね、情けないね:-)。
単独犯だと小保方さん一人に罪を擦り付け安全圏に避難した連中は赦せない:-)、苦労を共にした仲間を裏切って恥ずかしくないのか!小保方さん、国民の中にも味方は沢山居ますよ、私も味方ですよ、2チャンネルの中傷などにめげずに闘ってね。

先週の仮名付けの答え
① 退る ② 退ける ③ 退く
① しさる或いはすさる ②のける ③しりぞく或いはのく、ひく でした

今週の難読漢字の問題
① 水底 ② 水面