紫陽花」タグアーカイブ

常用漢字の怪

今年も例年の如く事後承諾のような状態で「梅雨入り」をしましたが、これだけ気象学が進歩しても梅雨と謂うのは何時まで経っても得体の知れぬものです。梅雨の庭ではいろんな花が咲いていますが、やはり梅雨の時期に似合う花は紫陽花がナンバーワンです。うちの紫陽花は小さいけどとても清潔感に溢れた花を咲かせて居ます^^。

 

今日は久し振りに漢字の話を聞いてくださいね。良く似た2つの漢字「渉」と「捗」についての当用漢字や常用漢字の変遷を絡めたお話です。前者の訓読みで「渉る(わたる)」音読みで「渉(しょう)」は終戦後設けられた当用漢字で「交渉」などに用いられます。此の字は昭和22年までの旧字体時代には一画少なくて「少」の字の右の点がなかったのに終戦後当用漢字(現在の常用漢字)制定の際に何故か点が付けられて「渉る」に変えられたものです🤬。次に「渉」に良く似た字の「捗」です。ずっと長く準一級の配当漢字でしたが、平成22年に晴れて常用漢字に昇格しました^^。訓読みは「捗る(はかどる)」で音読みは「捗(ちょく)」なんですが、何か怪しい字ですね。「、」がなかったりあったりと現在ではこの二つの漢字が漢字検定2級の受験生達を大いに悩ませて居ます。漢検の2級資格取得は有名文系私立大学が推薦入学の基準にしていることもあって価値がメチャ高く「、」の有る無しの判断はとても重大で「渉」と「捗」では似ていても「、」の有無は月とスッポンくらい違いますが、どうしてこんな紛らわしいことになったのかその理由が今日のお話です。

訓読み「渉る(わたる)」、音読み「渉(ちょく)」の漢字は終戦後当用漢字(現在の常用漢字)制定時に当時の文部省により当用漢字として採用されましたが、それまで「あるく」の「步」と言う字が実は当用漢字に用いられる際に「歩」と右肩の点が付せられることになったため「涉」の字にも同じように「渉」と点が付されたことが原因でした。処が訓読み「捗る(はかどる)」音読み「捗(ちょく)」の方は戦後当用漢字に選ばれず準一級配当漢字として残されたため「、」を付されることがなく、平成22年漸く常用漢字に降格しましたが、戦後75年も経て居り字体が変えられることもなく旧字体の此の字をその儘用いることとなっての「捗」でありました。国語委員会の委員達が昭和22年当時は旧字体の画数の多さに辟易して多くの字が由緒ある画数をバッサリ切っての無惨な文字となったのですが(;;)、省略漢字の代表は警視庁の「庁」(4画)の元が「廳」(25画)であることは余りにも有名であり、国語委員会の杜撰な遣り口が心ある漢字学者から非難されましたが、何せマッカーサーの指揮下にあるGHQの当初の意向が「日本語を全部ローマ字にせよ!」とか「漢字は全部無くせ!」と無法なものでありましたから国民は誰も漢字が残されたことだけに感謝して居たのでした(^0^)/。

閑話休題、捗る(はかどる)の「捗」は上述の第三次改正で漸く常用漢字と成ることが叶いましたが終戦当時とは時代も異なりもうGHQの顔色など窺う必要もない時代でもあって少の右肩の「丶」は旧字体時代からずっと付いて居ない儘の状態で常用漢字になったことが、「渉」との差において漢字検定受験生各位の大いなる混乱を招いたのでした(;;)。私は此の漢字達の絶大な矛盾に対して国語委員会が完全にスルーしていることをとても腹立たしく思っています🤬。

写真はYou tubeに出されている漢字熟語の読み問題の一部でしたが出題の漢字が誤っており、横の「捗」が正しいのに此の字の旁(つくり)は上部が「止」で同じでも下部が「歩」になって居ました。歩の字は戦後作られた当用漢字であり、「歩」の旧字体が「步」で一画少ないのですが、「捗」がずっと常用漢字にされない「準一級の配当漢字」であったためこんなミスが絶えず起こり左の渉が正しいと思い込んで居られる方は居ると思います。You tubeの記載には兎角字の誤りが多く、一言書かせて頂きました。

最後に「」を御覧ください。涙って、目から零れるものですから「淚」と「、」を付けてしまいそうですがつけると誤りになります(;;)、実は皆様の直感の方が正しくて昔は「、」の付いた「淚」が正しい字でしたが終戦後の当用漢字改定の際何故か「、」が省かれて「嘘泣きの涙」とされました(;;)。どうして?可怪しいですね🤬真の「なみだ」は現在一級配当漢字の「泪」です!「泪」を用いれば小学生低学年でも容易に理解できるのに国語委員会って全員アホやな!🤬。

「涉と捗」は5月に掲載したものを誤って再び登載してしまったことに気付きました。年は取りたくないもの!ごめんm(_ _)m

先週の読めそうで読めない字     手弱女(たおやめ)。                                           意味=ほっそりとした気品のある若い女性

今週の読めそうで読めない字      疑うこと(毌れ)

再び人口減少

 

6月を迎えて早くも真夏の佇まいです。CO2の恐怖は年々増して私達人類を絶滅に追い込んでいるように思えてなりませんがどうして誰も何も言わないの?近いうちに地球上の人間が絶滅してしまうのに…(;;)。6月といえば紫陽花です。地球温暖化の影響で他の花が何時もより早く咲くのに紫陽花だけはマイペースで咲いています^^。

 

「今年中にも人口150万人を割り込むということが想定されます」久元神戸市長は先月末記者会見し「今年4月末時点で神戸市の人口は去年より約7000人減少して150万3763人になりました。とまるで他人事(ひとごと)のように発言致しました❣。今年の3月だけで2800人も減少したそうです🤬。その訳は死者が出生を上回ったわけではなく、市民の意思による人口流出でした🤬。そして流出先の多くが隣市である明石市でした❢。殆どは神戸市の中でも明石に最も近い垂水、舞子、朝霧地域からの流出だったのです(;;)。そして質的に、流出人口の多くは子育てに力を注がれる若い世代でありました。更に驚くべきことには先週月曜日夜の7時半NHKにて過疎地域の象徴として私の住む垂水の町が取り上げられ過疎状態の住宅まで掲げられたのを見せられ情けないやら…恥ずかしいやら…(;;)。2番目の過疎地域が60年前に作られた埼玉県のさる大きな住宅団地でしたから此の報道は全国版だと察しました(;;)。空き家ばかり増えた結果が住宅用地減免の適用を受けて固定資産税が最大で6分の1まで少なくなって市の財政を圧迫していると報道され市役所の担当部署の様子や空き家だらけの垂水の風景まで公開されましたからこれって垂水がメチャ標的にされていると感じました。中央区から東側ばかりに目を向けて西部地域の地価低下を放置し、税収入まで減少させた下手人は神戸市の過疎地帯から目を逸らして居た神戸市長その人ではありませんか🤬!何が六大都市や!

 

何もしない無能な神戸市長に比べ、今春まで12年間明石市の市長を務め上げられ古い因習の塗れた地方自治の改革に打って出た明石二見出身の泉房穂氏は10歳から明石市長になる夢を抱き、東大在学中もNHK奉職後も弁護士に転じられた折も、ずっと郵送で一日遅れの神戸新聞を取り寄せ、明石の記事を隈なく読んで明石の現状に思いを馳せて居たと自叙伝に記して居られます。48歳にして念願の明石市長になられた後、18歳までの子どもの医療費や中学校の給食費など「5つの無料化」を政策として掲げ、たった独りで天敵である市議会を向こうに廻して大喧嘩して迄、子育て支援に力を注がれ、明石市の人口は2012年以降10年連続で増加し、明石市と神戸市の間の移動を調べると、2013年以降はずっと神戸市から明石市へ移住する人の方が遥かに多い状態が続いて居るのでした❣。つまり福祉行政の恩恵に預かるための神戸市から明石市へ住民の逃避だったのです(;;)。
この間神戸の久元市長は西部地域の窮状を「塩屋から西は昔の明石郡や!」と見限って見て放置したため、若い住民達の逃避は結果として此れ等地域の地価下落を招いて市民の財産価値を下落させ、固定資産税の評価額まで減少して租税収入が減少して、明石地域の地下上昇を助けたのでありました。泉市長の政策実行により直接的に一番ワリを食ったのは垂水舞子と垂水区側の朝霧地区の住民でありました(;;)。又、明石には通勤時の神戸三宮大阪に早く到着する新快速停車の幸運を手伝っていたことも大きくて、明石の住民増加の後押しをしたと考えます。プラットフォームのない線路を疾駆して走り去って行く新快速列車を眼の前に眺めて歯軋りする朝霧、舞子、垂水駅からの通勤客の無念が子育てで全国区となった明石市への転居を決断させたのではないでしょうか?神戸の久元市長は神戸市の西の端に住まいする一隅の市民の願いなどついぞ歯牙に掛けなかった結果が7000人の人口減少を齎すこととなったのですが、安逸を貪って小さな明石市の反撃を見逃していた久元市長の油断は決して許すことはできず全市民から強く咎められるべきではないかと私は考えました🤬。

 

原発の60年超運転を可能にするGX脱炭素推進法が先月末成立したことに対し、福島県は「我々は蚊帳の外に置かれた、安全性を一体誰が保証するのか?」と憤りの声を上げました。経産省は1月から3月の間全国10ケ所で説明会を開きましたが、ナント!被爆の被災地福島では一度も行わなかったのです。被災者を置き去りにして法案を可決したことに対し福島県民は皆「なんて卑怯な奴らだ!」と憤っていますが、政府も疚しいからこんな姑息な手段を弄するんだろうけどメチャメチャアンフェアやね🤬/。腹が立つなあ🤬/。財界の幇間となった岸田総理はダメやね。名前忘れたけど前の総理の方が良かった!!。

 

先週の読めそうで読めない字            梅桃(ゆすらうめ)

今週の読めそうで読めない字            情に(絆される)

富裕層になる秘訣

6月の花と言えば紫陽花が一番に挙げられます。玄関先の庭では肥料を遣ったことないのに今年も沢山咲き乱れて道往く人の目を楽しませて居ますが、昨年と違う処は手前の庭先から「白い夕化粧」が横綱である紫陽花の露払いを務めていることです。何処に?ハイ!左側のフェンスから数個可愛い花を覗かせています^^。今年は何故か赤も白も夕化粧が庭のあちこちに沢山咲く当たり年のようで驚いています(@@)。

 

富の偏在と謂いますね。最近ではアップルやアマゾン、マイクロソフトなど巨大企業が余りにも世界化し,巨大化しましたが、拠点とか本部が判然としないためオーナーの税金を何処に払っているのか、又税金を何処が取るのか不透明な状態にあるとのニュースが報じられました。米調査報道機関のプロパブリカは米アマゾンの創業者のジェフ・ベゾスら米国の資産家の15年以上にわたる納税記録を入手して克明に分析した結果、最上位の富裕層が連邦所得税をごく僅かしか払わず、ときには全く払って居ないことが分かったと報じました(@@)。

プロパブリカによると、米国の平均的世帯は年に7万ドル(約770万円)程度の所得であり、14%の連邦所得税を支払って居ますが、米国の富豪上位25人は2014〜18年に保有資産額が4000億ドル(約44兆円)増えたのに対し、「真の税率」は僅か3、4%に留まって居たそうですから刳(えぐ)い話ですよね💢。恐らく現在の財産の殆どは他国で稼いだことにしたものだと思われました。

税金は本人の所在する国に納付するのが決まりですから恐らくタックスヘイブン(一定の課税が著しく軽減、乃至は完全に免除される国や地域)である名もなき途上国や後進国に所在地のみを置いて、オーナー達が多額の報酬などを取ることでその国にとっては桁外れに多いが、富裕層側にとっては雀の涙と思える程度の税金しか払って居なかった結果が此のような事態に至ったのではないかと私は考えて居ます。従って今後は富裕層の税負担の不公平を是正するため、アメリカでは居住地と定められた国ではなく実際に収益を齎す国において課税できるよう法改正に乗り出す方針だそうですが、何れは狐と狸の化かし合いになることでしょう^^。現在57歳のベゾスは29歳でオンライン書店を始めたのがスタートでいろんな事業を手掛けて最終アマゾンで巨億の富をなし2020年の長者番付時点で2046億ドル(日本円で約22兆円)の資産を有することになり世界で初めて資産が2000億ドルを超えた人物となりました。

我が国の場合は個人所得税住民税の税率は併せて最高55%もあり、法人税も結構高いのでタックスヘイブンには全く不適当な国です。然しその高い税率のため我が国大企業の富裕者の多くも後進国でアマゾンのベゾスと同じことを試み、きっとタックスヘイブンを利用しての税金逃れが少なくないと思われるので、我が国の国税庁も富裕層の税負担の不公平を是正するため充分に踏み込んで摘発して頂きたいと思いますが、内弁慶の我が国にはそれだけの情報力を持たないから無理な相談かも知れませんね。

 

竹中半蔵のパソナは総理から五輪の人材派遣ばかりでなく、コロナのワクチン接種事業の一括委託まで数億円から数十億円で各市町村から受注し、ノーハウを持たないパソナがJTBのグループ企業に丸投げして多額の鞘稼ぎをいたそうです。パソナ今期5月決算では四半期利益は創業以来148%増の175億円に達するとか…(@@)。又下請けを仰せつかったJTBのグループ企業もTCAと謂う派遣会社に丸投げしピンハネの連続ですから結果的に膨大な政府の借金が我々次代への「付け」として先送りされることになりましたからメチャ腹立たしい思いに駆られます。五輪だけでなくワクチン接種をも食い物にする政府と竹中半蔵に誰も文句を言わないのか!

総理の発言には意思が感じられないから、聞いている国民も実は聞いていない。
我が国の総理の質が最低なのは、究極野党がポンコツであり政権交代のゲームチェンジャーたる人物がいつまで経っても現れないからだ!

 

昨日2回目のワクチン接種に行きました。注射の看護師さんがブスブスと針を深く指した「後のブス」がチクリと痛くどうやら神経に触ったようで1日経っても痛みが消えず肩が上げ難いです。女子なら注射は上手と思った私が間違いやった(;;)。さては彼女は医者やったか!

 

先週の読めそうで読めない字    針の耳を針孔(めと)という

今週の読めそうで読めない字   歳を取ると(寝聡く)なる

「NISA」で蓄財しよう

紫陽花

今日は8ケ月振りに漢字検定日だ、早朝より東にある福田川の川べりを散策して公園の紫陽花などを愛でて気持ちを落ち着け体調を確かめた。少し風邪気味だが語りかけてくれる様々な紫陽花の花に励まされて何とか頑張れそうだ^^。此の処降り続いた雨も今日は何とか持ち堪えそうで10年間一度も傘を持参した記憶がないから僕は晴れ男だ^^。受験票に写真を貼って鉛筆に消しゴム眼鏡にルーペなど受験の七つ道具を確認して午後2時半にリュックで家を出よう、帰宅は5時半位になるだろう。今回も交通に不便な神戸市(学園都市)の会場を避けて会場が薄暗く問題が読み難いけど家から近い明石市の明庚殿にした、此処だと山陽電車の日新町駅から徒歩5分なんだ。写真は今朝近くの瑞穂公園のフェンスに植わっている数ある紫陽花から私の好きな白を選びました。花言葉は「寛容」です。

今日は久し振りで(でもないけど…)読書の話です。先日古市で買った湯本香樹実さん20年前の処女作である「夏の庭」を読んだ、愚娘に聞けばとても有名な作品だそうだ。三人の少年と戦争帰りの独り暮らしの老人との交流を描く心暖まるとても爽やかな作品だった、日本児童文学者協会新人賞を獲得して映画化され舞台化され更に10ケ国以上で刊行された作品だそうだが、戦争の悲劇が織り込まれて居り、私はこの小説の底辺に横たわるとても暗い影が私自身幼年時の戦争体験を思い出し深く考えさせられた。いい作家だな、と思って湯本さんの「西日の町」も買って読んだ。お母さんとお爺さんと一人称である少年の物語だ、これも良かった^^。此の作品は芥川賞の候補に挙がったが審査員の目が曇っていたのか選ばれなかった。その原因はどうやら「夏の庭」が日本児童文学者協会新人賞に選ばれて居たため、此の作者が児童文学畑の人だと審査員達の先入観があってロクに読まれもせずに芥川賞は畑違いだと蹴飛ばされたのだと思う。登場人物に子どもが居るからとて「夏の庭」も「西日の町」も決して児童文学ではない、我々高齢者の心の底を剔(えぐ)ったとても奥深い作品だ。日本児童文学者協会新人賞の方が勘違いじゃないかと思う。どちらの作品も貧しい時代を生き抜いてきた老人が主役で戦争の体験による人生の希望と絶望が織り綯(な)って居る。きっと絶望があるから希望が燦めくんだろう。この小説の深い部分は稚拙な私の筆ではとても表現できないから是非一度お読み下さい。作家であり精神科医でもある解説者のなだいなだ氏が「老人のことが此処まで分かる湯本香樹実はただものではない」と結ばれたのが印象深かったな、作品の題名が「夏の庭」とか「西日の町」なんてジミ過ぎて今風でないが、此の題名に納得された編集者もきっと「ただもの」ではないと思った。

証券会社のラップ口座が今年の3月末の一年間で3倍に膨らみ4月末には4兆円に達したと先日日経が報じた。「ラップ」とは包むことだから一紮(から)げに顧客のお金を証券会社が株式や投資信託に運用してくれる処から呼ばれている。最近では最低額が300万円から500万円程度にまで引き下げられたので富裕層だった顧客がゼロ金利時代にウンザリした投資の初心者である一般の人にまで客層が延びてきているが、ラップ口座の運用は証券会社委せになり、基本手数料と管理手数料が約2%掛かるし、此の手数料は大手銀行の大口定期預金金利である0.025%に比し篦棒に高い、此の手数料の額を凌ぐにはそれ以上の利回りや売却差益が必要だから私は薦めようと思わない。
又、証券会社と顧客との間に設定する目標利回りが高ければ必ずリスクの割合も高くなるから良いことばかりではなく損が出ても自己責任だし証券会社は投資元本の2%を取って少しもリスクを負わないから不公平だ。そんなことならラップ口座など止めてご自分でネット口座を開設して上場株式にでも投資されたらどうだろうか。自分で此と決めた銘柄なら損をしても納得だしね、特にNISA(少額投資非課税制度)などお薦めだ、NISAはネット証券なら手数料もタダだし配当金から譲渡益まで非課税だからとても魅力的ですよ。私ごとだが先月配当利回りがそのとき一番高かった(4%)三井物産をNISAの限度額である100万円ぎりぎりで600株買ったら一時は10万円以上も値上がりしていた^^。皆さんもどうですか?

私は毎夜眠る前に必ず蒲団の中で小一時間本を読む。仰向けだから重い単行本は腕が辛く、文庫本は片手で持てるからラクチンだ^^。読むものはホラーとSFとコミック以外は何でも御座れだ^^。
文庫本の難(なん)は文字が小さいことだが最近の文庫は昔の岩波より3倍も字が大きくなって行間も広く読み易くなっている。文庫本は作者の究極の終大成なのだが、単行本に拘って文庫本を二流に位置づける輩(やから)は最早時代遅れで、最近は何処の書店でも文庫本が横帯付きで華麗な装幀装画のカバーまで付いているから昔の岩波文庫しか知らない年配者は愕きだろう、傾向としては昔はあり得なかった書き下ろし文庫本などが増えてきたし本屋さんの店頭では文庫の平積みが圧倒し、重たいハードカバーが淘汰されて居る、重い本の時代は最早専門書以外去ったようだ。
文庫本は普通初版本より数年遅れるが、値段も単行本の半分以下と廉価だし持ち運びに困らないし何より作者が出版以来表現に長く悩んでいた校正ミスの個所がしっかりと匡(ただ)されており、オマケに必ず加筆訂正までされて「文庫のためのあとがき」まで書いてあるから単行本より良質な文章が期待できるのでお薦めだ。当初の単行本とは話の筋書きから登場人物まで変わるのがあるから愕きだ。
それは薬丸岳の「逃走」だった、文末にある大矢博子さんの解説を読んで愕いた、此の文庫は出版時のストーリーと記憶がまるで違うと書かれて居る。当初「逃走」は新聞小説でスタートしたが単行本に纏められる際に大きく改稿されたそうだから文庫化で2回目の大改稿になるそうだ、解説者が慌てて2年前の単行本を取り出して読んだら登場人物から筋書きまでガラリと変わって居たそうだ、全面改訂どころか「此では書き下ろしの新作だ」と書かれて居た。
「推敲を重ねる」とは良く言われる言葉だが、著者は絶えず自分の作品に対して思い入れがあり、読み返して居たら堪らなくなるのだろう。批評家の意見だって胸に刺さることがあるだろうし人生経験や心境の変化で書き直したい個所が出てくることは素人ブロガーの私にもよく分かるね、その意味では文庫本は著者に書き直し絶好の機会が与えられたことになる。私は「逃走」の単行本も読みたくてアマゾンを検索したが見付からなかった(;;)。
此の作品は殺人犯とその逃走が描かれているが、実はとても優しく心温まる小説だ、読後感はとても清々しい。皆様も一度「薬丸岳」の作品をお読み下さい、どの作品も圧倒的な筆力に魅せられ夜などに読み始めると眠りに落ちる機会を逸するから注意してね。

女子サッカー「なでしこ」は辛勝を重ねて決勝リーグに進出した、くじ運が好かったせいだろうな、でも初出場2試合で16点も取られたエクアドルに対し「1-0」だなんて何か寒いよね。予選リーグを通じて感じたが、か弱い日本人には連覇なんて到底ムリなように思う。前回はよくよく好運の女神が味方してくれたせいだろう。
「なでしこ」の彼女達は年収数億円の男子サッカー選手と相反して沢選手でやっと500万円しかなく同世代大手総合職女性の年収を下回るから信じられない。菅沢坂崎選手など嘱望される殆どの若手選手が月収20万円程度のパートで糊口を凌ぎ夕方から練習に参加して居る状態だから野麦峠ならぬ、ああ「なでしこ峠」なんだ、海外強化選手にシーズン中支給される1日1万円の滞在費もその少なさにも悲しくなるね、我が国にもきっとFIFAのような亡者が居て税金から支払われる女子サッカー強化資金の大半をなでしこ本部費用とかの名目でくすねて居るのじゃないの?

先週の書けないけど読みたい漢字
少(わか)くして学べば壮にしてなすあり

今週の書けないけど読みたい漢字
愕いて(後)込みした

豊田正子の「綴方教室」

あじさい

5月半ばなのに新緑なんかとっくに通り越して初夏に近い毎日だ。五月のシンボル躑躅(つつじ)の花などとっくに枯れかかって風情がないね、何時もより一月早く紫陽花が咲き出して居るから今年も随分暑くなるんだろうな(;;)。
先週愚娘から妻に送られた母の日の贈り物は定番のカーネーションでなく紫陽花の鉢植えだった。とても綺麗な色だから花が終わったら露地植えにしたいと妻が言いだしたが妻にその趣味がないから結局私が手入れすることになりそうだ(;;)。

綴方教室

先月15日、日経夕刊の「文学周遊」にて豊田正子著「綴方教室」が紹介されたのを読みメチャ懐かしかった^^。戦争前のいろんなことが思い出され昭和59年の復刻版をアマゾンで購入した。確か小学生の後半に読んだ本だが、あまりに昔なので内容は殆ど記憶に残って居ない、全く新しい本を読む感触だった。豊田さんは私より一回り位上の方で、私が生まれる少し前の昭和の初期から日本中を掩っていた大恐慌が全国に未曾有の失業者を溢れさせた頃小学生であって、貧しさに翻弄されながらも東京下町のブリキ工の父を持つ一家の生活を長女である彼女が幼い頃から丹念に緻密に書き綴り、鈴木三重吉の童話雑誌「赤い鳥」の懸賞に当選し、更に昭和10年代になり全国的にベストセラーになった作文集だ。
此の本の読後感だが、幼い少女なのに今ならプライバシーとされる生活のごく細かい襞(ひだ)まで時系列で細部にわたって克明に記録し、ありの儘を飾らず立体的に筆にされているのに殆(ほとほと)感心した。彼女は貧乏だった境遇にもめげずに空腹にも耐えていじけずに、一所懸命その日その日を生きている様が私の少年時代を思い出させ涙を誘う。恐らく彼女は子どものときから抜群に聡明で抜群に記憶力の強い方だったんだろうと思った。
彼女はブリキ職人である酒好きの父親と勝ち気でしっかり者だが亭主の失業を不満として亭主の友人と不貞を働く母親の間で悩みながらも弟達の世話をし、小学校在学中は放課後夜の9時まで縫製工場で働き、卒業後も女工を継続して家計を助け乍ら寸暇を縫って作文を書かれた苦労は、我々戦中派の人間をもってしても想像を絶するものがある。余程書くことが好きだったか或いは書くことで苦しい生活(なりわい)への鬱憤を晴らして居られたのではないか。彼女は学校卒業後芸者に売られる筈だったが写真を送ったら器量が足りぬと断られ(彼女は健康そうでとても良い顔なのだが当時の美人は竹久夢二描く瓜実顔の不健康派が主流だったのかも知れぬ)ずっと赤貧の生活を送っていたことは女工の給与が一日遅れたためその夜食べる米がなく、蒸したさつまいも1本を姉弟3人で分けて食べ空腹を凌いだことなどが書かれて居るから、貧乏の度合いなんかも私の育った昭和二桁代とは桁外れに違って酷かったんだろう。

豊田正子_

手に入れた「綴方教室」の表紙を捲ると「豊田正子」と署名があったことが今日の話題です。本物かどうか確かめたくてネットなどで本人の原稿をみるとどうやら直筆と思えるのだが、署名の個所がなくてはっきりせず、考えた末出版社である「木鶏社」に電話してサイン本入手の経緯を話したら、「担当者に替わります」と言われ年輩の女性の方が出て来られ彼女から字の特長など教えて頂き筆体など話したら、どうやら直筆らしいので鑑定して頂くため「写メで送ります」などと話してたら、先方から「手許に署名入りの原稿があるのでコピーをお送りしますが…」と言われ喜んで申し出に応じた。先週届いた原稿を見ると紛いもなく同じ字だった^^。私の手に入れた本は彼女が知人に送ったものか或いはサイン会で書かれたものだったんだろう。
豊田さんは4年前に88歳で亡くなられたが、送って頂いた原稿のコピーは30年前に書かれたものだ、その原稿中に木鶏社の編集者伊藤紀子さんが登場する、その編集者が私からの電話を受けられた方であることは同封のお手紙に記されて居る通りだから偶然だ。見知らぬ者からの厚かましい電話でもちゃんと受け答えして頂けたのは豊田さんが亡くなられた今でも彼女が豊田正子の「編集者」をされて居た証(あかし)なんだなと感激した。紀子さんだからひょっとしたら私より5歳年下の昭和15年生まれではあるまいか、(違っていたら伊藤さんゴメンm(_ _)m。)この年は紀元2千6百年で全国的に「紀子ブーム」だったことは私が若い頃ミシンのセールスをしていた折、顧客となりそうな若い女性を捜すために知人に貸して頂いたY高校の昭和33年卒業生名簿が「紀子」だらけだったことでよく憶えている^^。あの住所入りの名簿は訪問販売に絶大な効果を発揮したから、個人情報が秘匿された昨今ベネッセの顧客情報が莫大な額で売買されたことは容易に想像できるね。

話はさておき、豊田さんの原稿を読んで居て旧字体と常用漢字が混在しているのに時代の移り変わりを痛感した、昭和二桁の私がそうだから、大正生まれの方は20数年間慣れ親しんだ旧字体から戦後遽しく常用漢字への変更を余儀なくされたことに理不尽な思いが強く容易に常用漢字に馴染まれなかったと思うから編集者の校正も大変だったろうな。
私は幼い頃の郷愁に深く浸るため「粘土のお面」「おゆき」など豊田さんの作品を数冊購入して読んで見た。貴重本の「芽ばえ」も定価の12倍強で手に入れた^^。本は重いけど字が大きいので年寄りにはラクだ^^。「粘土のお面」は豊田さんが成長した10代後半の作品だから「綴方教室」より出色の出来だ。中でも短編の「大晦日」は此の夜一文無しのため年越しの金を借りに除夜の鐘の前に文盲の母親の口述を学校の読方帳を千切って書かされ、仕事先のお宅に行き20円(今の10万円位)借りに行かされる下りは圧巻だ。手紙の出だしが「はいけ、みなさまおかわりありませんか」なんて、何でこの子がこんなことまで…と悲しくて涙がとまらず困った、「はいけ」は勿論「拝啓」のことだが、字を耳から覚えた文盲の母親は勿論当時小学2年生の彼女には書けない字だ、「おとうさんが怪我をして働けなくなった」とウソを吐いて少女にお金を借りさせようと企むお母さんも強(したた)かだったな。だけど2年生の女の子に借金の手紙を書かせて独りで借りに行かすなど、如何に相手の憐憫を誘う手段か知らぬが今なら考えられないことだ、凄い母親だね、イヤイヤ書かされた手紙を持って知らぬ家にお金を借りに訪ねて行く2年生の女の子など今時居ないよな、彼女は生活のためには母親に服従する覚悟を決めて居たんだ(゚ロ゚)。と言うより当時は親の命令に服従することが当たり前で、今の子ども達が過保護に過ぎてあまりにも親の役に立たな過ぎるんだろう、そうだ、思い出した!私の幼い頃は学校から帰ると水汲みやら風呂焚きやら弟を負ぶってのお使いなどあらゆる家の用事をさせられたが、親にご飯を食べさせて貰ってるので当然だと思って居た。勉強したくても戦時中は紙がなかったから、今の子どものように「勉強せー」なんて言われたことがなくて良かったな^^。そのため大学受験でメチャ苦労したけど…(;;)。

苦労して入った大学も入学後は囲碁に没頭して学業に身が入らず、挙げ句当時は何より恐れていた卒業試験の単位が足らずに留年しそうになった悪夢を未だ80歳になっても見て夜中に冷や汗と共に飛び起きることが再々だ。留年が決まれば父に「この穀潰しめ…」と家から叩き出される恐怖心からだ、昔の親は絶対権力者だったがそれは「長幼の序」として当然だったのだ。幸いにも留年せず卒業できたが留年して居たら私の人生は大きく変わって居たに違いないと思う。親は怖かった!
それに引き換え「ご飯全部食べたらゲーム買って上げるからね」などと子どもの我が儘に追従(ついしょう)する情けない親が減らない今の我が国には最早未来はないんだろうな(>_<)。

今夜のニュースは大阪市の住民投票一色だろうな、橋下さんの詭弁に乗せられる大阪人ではないと思うけど…、

先週の書けないけど読みたい漢字
遽(あわただ)しい朝のひととき

今週の書けないけど読みたい漢字
雨が(歇)む