毎年襲ってくる酷暑から漸く開放されて比較的雨の少ない10月の後半でしたが、東海地方以東の大雨なんかに比べて近畿地方に颱風が来なかったことは幸いでした^^。 秋の夜は釣瓶落とし…と言いますが深まった秋の裏庭では十両がたわわに実って俄に色づきが鮮やかになって参りました^^上は半月前、下は昨日撮ったものです^^。

歌舞伎役者の市川猿之助が父母を殺害した事件は、世間の注目する中を意外にも本人の自殺未遂を受けて、両親に対する自殺幇助と謂う寛刑で決着しましたが、検察は3年を求刑しました。此れは裁判官に「どうぞ執行猶予を付けてください」という含みであって、求刑が3年半以内なら「執行猶予はお好きなように」と、そして4年以上の場合は「執行猶予は付けないでください」と謂う意味になります🤬。彼の罪は曾て存在し非常に重罰である「尊属殺人」であって彼が歌舞伎界の有名人であるばかりに検察がその立場を忖度した可能性が否定できないと世間が思ったであろうと私は考えました。そもそも「尊属殺人」って何なの?

今日ご紹介する事件は当時20代だった女性が実の父親を絞殺したものです。彼女の境遇は余りに悲惨であり、父親は女性が10代のときから近親姦を強要し、女性に結婚相手が現れると「相手を殺してやる」と脅して我が娘を監禁した理不尽な事件の結果起こされた悲劇でありました🤬。 女性の罪は当時存在した旧刑法200条 「自己又ハ配偶者ノ直系尊属ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス」と書かれた所謂尊属殺重罰規定に該当したのでした。刑法199条の殺人罪が「人ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ三年以上ノ懲役ニ処ス」(当時)と定められているのに比べ法定刑が異常に重く、尊属殺重罰規定では死刑が当たり前なのはどう考えても可怪しく此の事件は1968年栃木県で起こり、父親から長年性暴力を受けていた女性が父親を絞殺したというものですが女性は父の子を5人も出産させられていました🤬。この事件を担当したのは大貫先生と言う二人の親子弁護士です。加害女性の貧しい母親が弁護依頼に来られました(;;)。

「娘が熟睡中に紐で父親を絞め殺す、娘の恋愛から喧嘩」55年前の秋、此の殺人事件が地方紙の見出しを飾りました。決して注目される事件ではなく単なる親子喧嘩の果ての殺人事件と思われましたが翌8日に出た続報の見出しからもその様子は伝わってきます。何処にでもある事件何処にでもあるニュースでした。全国紙では取り上げられることもなく地域密着の地元紙ですらこの後続報を届けることもありません。そんな事件だった栃木県のこの事件は陰惨な真実を孕んでいました(;;)。実の父親を手に掛けた娘は長年にわたって父から近親相姦を強いられており、その結果娘は5人の子どもを出産させられ、出産後に死亡した2人を除く3人の子どもと父親との5人での生活を送っていました🤬。
大貫弁護士は「これは大変なことになった、こんな酷い事件聞いたことがない!?なんとかこの女性を助けよう」と思われました。思春期の青春時代を暗くて長い毎日で自由に送ることも許されず、実の父親と地獄同然の暮らしを強いられ逃げ出せば執拗な暴力で連れ戻され逃げることも諦めた彼女の毎日に一条の光が差し込みました。「彼女は近所の工場に勤め始め、そこで若い男性と知り合って生まれて初めて恋をした」そのことを知った父親は激怒し、生活をめちゃくちゃにしてやる、どこまでも追いかけて苦しめてやる!そんな怨嗟の声に追い詰められて娘は寝ている父親の首に紐を巻いて殺害したのでした(;;)。事件の数日後夫を手に掛けた娘の弁護を頼みに母親が大貫法律事務所を訪ね、彼女はこの事件の背景や何故娘が夫を殺さなければならなくなったのかを縷々と話しました。「この娘さんをなんとかしてあげたいと思ったけれども、話はそんな簡単なものじゃない。でも、なんとかしなければならないと思いました」大貫氏は依頼を引き受けることにしました^^。依頼者となった母親は貧しくて満足な弁護料など払えず、受け取ったのは彼女が事務所を訪れた際カバンいっぱいに詰め込んで持ってきたじゃがいもでした。(来週に続く)

 

先週の読めそうで読めない字    母を右(たす)ける

今週の読めそうで読めない字   大声で(号ぶ)