松の内も後4日となりました。昨年秋以来各企業の唐突なリストラや契約社員の首切りなどを原因とした雇用の不安定を原因とした不景気が世の中にじわじわと浸透し、そのせいか年の瀬からお正月に掛けてタクシー強盗など血生臭い事件の連続であり、お正月らしい話題には少しも恵まれない暗いお正月となりました。(;;)
大阪府高槻市では先週タクシーが襲われ取り掛かりの人の一喝で未遂に終わり逃走したものの挙げ句翌日逮捕されましたが、“止めろ!何してんねん!”の一喝がなければこの運転手さんきっと殺されていたことでしょう。奇しくも一喝して犯人を追跡したのが毎日新聞販売所の職員で逃走し翌日逮捕された犯人が朝日新聞の販売所の職員だったとは皮肉なお話でした。小生毎日の読者ですから“止めろ!何してんねん!”が五段抜きには納得でしたが、朝日は犯人逮捕後どんな風に紙面をあしらったのでしょうね。今が旬の事件ですから頬被りもできずどんな紙面になったことでしょうか(;;)
暗いできごとばかりの中で少しは明るい話題はないものかと新聞を見ていて、心が癒される話題に巡り会ったのでご紹介しましょう。少子化が嘆かれる世の中となって久しいのですが、お正月の新聞にとっても微笑ましい家族が報道されて居りました。それは大阪府寝屋川市に住まれるTさん(51歳)と奥様(49歳)であり、このご夫妻にはナント!11男4女の子宝が授けられ、上は31歳でおトンボは7歳とか…(^^)現在の年齢から逆算すればTさんご夫妻のご結婚は成人前であり、民法上の最低年齢を待ち焦がれたような結婚だったでしょうからきっと恋愛結婚なのでしょうね。(^^)今から30年も前ではありますが、その頃でも江戸時代お殿様のお世継ぎのような早婚は珍しく又子供を15人産んで育てられた奥様は子育てに、お父さんは生活費の稼ぎ出しにさぞ大変だったことでしょう。上の子と末っ子は24歳も離れていますから、戦争前には良くあった家族風景宛(さなが)ら、貧しかったであろう分上の子が下の子の面倒を見る代りに下の子はお兄ちゃんのお下がりを着て逞しく皆が助け合って心を一つにして暮らして居られたことと思いました。こんなご夫婦こそ国民栄誉賞を与えられるに相応しいのではなかろうかと思った位です。(^^)
15人も兄弟姉妹が居ればご両親も子供の名前を呼ぶのに“おーい、そこの七郎ちょっと来い” “僕は七郎と違うで、八郎やんか!”などとまごつかれることがあったでしょうね。(^^)このお正月にはお孫さんも入れて25人が集まられるそうですからお家の床が抜けないかと心配してしまいます。(;;)理想ばかり高くて吾が身勝手が故に伴侶にも恵まれず30歳40歳過ぎても親掛かりの親不孝者が多い暗くて拗ねた世の中です。前世紀の遺物とも言うべき貴重なこのご家族の皆様方の前途に幸せが訪れることを深く願いました。
もう一つ此も新聞からですが、お正月明け5日の夕刊“明日への話題”に載せられていた含蓄ある記事をご紹介しましょう。お正月のお飾りに用いられる蜜柑の橙(だいだい)が鏡餅に用いられる理由など浅学非才の小生には当然知らぬことでありましたが、橙(だいだい)が縁起物の元祖に由来する理由は、此の蜜柑は木に生った儘にしておくと橙色に色づいた儘落果せずに寒空を越冬し、春には不思議なことに再び青くなり更に愕くべきことには此を数年繰り返すことにあるそうです。私は果実と謂うものは全て春から夏に花を咲かせ夏から秋に結実し摘果若しくは落実することが世の倣いと思っていましたが、こんな不思議な果実があって不死鳥であるために縁起物とされる所以であることを教えられ又一つ賢くなりました。橙(だいだい)は次代の胄(よつぎ)となるために種が熟すのに数年を要することを知っていて、春に再生するために摘果されないよう身を護る手段として、到底鳥類や人間の味覚に適さない過剰な酸っぱさを内蔵しているのではないでしょうか。南天などあの酸っぱさでヒヨドリなどの大好物として食べられていますがあれは実が小さいので噛まずに飲み込めて酸味がお腹に入ってからでは胃酸と混じって分からず、橙(だいだい)を啄(ついば)んで食べるのでは流石ヒヨドリも酸っぱくて辟易するのでしょう。(^^)さすれば人間様がお正月の縁起物だと橙(だいだい)をもぐ(“もぐ”と謂う漢字は手偏に宛と書き送り仮名に“ぐ”を加えますが、アホなエイトクでは変換できず漢検辞典を見ても載っていませんでした(;;)なんでや?)ことは、橙(だいだい)に取っては甚だ迷惑なことであったでしょう。聖書には“魚は人に食べられるためにある”と書かれて居りその類(たぐい)かと思いますが、人間様って何でも自分の都合の良いようにばかりで聖書だって随分手前勝手ですよね。いろいろ考えさせられるお正月明けでした。
毎日の“発進箱”によれば暮れから年始に掛けて東京タワーの聳え立つ霞ヶ関日比谷公園の一隅に設けられた“年越し派遣村”で職や住まいを失った大勢の人達を支えたのは、行政などではなく1700人にも上るボランティアによる実行委員会の皆様であったそうです。開村中の6日間全国から野菜や米が届き資金カンパは2300万円を超えたとか…(^^)労働、医療、生活相談から散髪コーナーまで設けられたそうですが、きっと阪神淡路大震災の被災者の方々もあの時の恩返しに多くボランティアに参加されたことと思いました。(^^)
路頭を迷う人達に対し、一番に率先して救いの手を差し伸べねばならぬ政府や自治体が手を拱(こまぬ)いているばかりで全く動こうとはしなかった姿が改めて浮き彫りにされ巷から批判の嵐が沸き起こりましたが、行政は100年に一回と謂われる経済恐慌での非常事態であるにも関わらず、今後オンブに抱っこの前例となって何れ踏襲を迫られることへの恐怖感が彼等を金縛り状態にし無策に終始したものと思いましたが、全く役人の頭の柔軟性に乏しいのには呆れるよりありません。こんな時こそ行政の出番ではないのか!
又、職も家も理不尽な会社に奪われ、糧を求めて藁にも縋る思いで派遣村へ辿り着かれた人達に対し、総務省の坂元哲志総務政務官の如きは不遜にも“本当に真面目に働こうとしているのか?”とは、派遣村の住民達の心を逆撫でする余りにも酷(むご)い言葉でありました。確かに幾人か便乗組があったかも知れませんが、それは何処の世界でもあることで、“それを言っちゃお仕舞いよ”
“綸言(りんげん)汗の如し”(天子の言われた言葉は身体から出た汗のように取り返しが付かぬものだ)とは発言を撤回できないことを意味する古来からの有名な格言でありますが、政務官は謂わば政府のスポークスマンであって昔風に謂えば天子の言葉ではありませんか。
このように事態の深刻さを自覚しない政府の発言は、非常識極まりないものでありますが、9時から5時まで只何となく机に座ってさえ居れば定年まで俸給が与えられるお役人こそ“本当に真面目に働いて居るのか?”と問いたくなりますね。麻生総理の謂う“政務官は発言を撤回したからいいじゃないか”で到底赦されるものではありません。と言って、総理に“綸言汗の如し”と進言しても理解されずにキョトンとされるばかりでしょう(;;)、如何して誰も怒らないのか!
先週の答え
“黙す”この字は“もだす”と読みます。古文に堪能な方ならご存じだったと思いますが、字の通り“黙っている”ことを昔はこう言っていました。白川静先生の“字統”には“黙”は“だまる”“もだす” “しずか“と書かれており、送り仮名が”す“であれば”もだす“が正解となります。万葉集では“辱(はじ)を忍び、辱を黙(もだ)してこともなく、もの言わぬ先に我は依りなむ”又、徒然草では”世の人逢いあうとき暫くも黙(もだ)すことなし、必ずことばあり…”のように用いられて居ました。
白川先生の訓読み編辞典“字訓”によれば“黙”(もだ)を動詞に活用したものであり、“黙る”(もだる)とも謂うそうです。小生の愚考する処では“黙(だま)る”がものを言っていて中途から言わなくなりことであって、“黙(もだ)る”は始めから沈黙を守ることを意味するのではないかと思いました。
或る意味で常用漢字の表外読みと謂えるでしょうから、漢検辞典には登載されていない“読み”でもあり、準1級のテストに出題されれば今の大学生なら国文科の生徒でも古文を専攻していなければ正解率は10%を割るでしょうね。(;;)
来週の出題
“母”と“毋”は同じ字でしょうか?