北にある庭では今年も狂い咲きのコスモスが咲き誇っています^^。三年前夏の終わりに蒔いたものですが、翌年から初夏に咲くようになりました。コスモスは「秋桜」と書きますから明らかに秋の花です。この赤い秋桜は我々が普段想像している秋桜と違って何故か扇情的です。でも日本人には秋桜はやはり山口百恵の曲を思わす淡いピンクが良いですね。

悼ましい福知山線事故から早や12年、最高裁は現場を訪れることもなく元社長ら被告三人に無罪を言い渡しました。遺族は誰も遣り切れない思いだったでしょう(;;)。企業の最高責任者という者は自らが事件に携わっているかどうかに関わらず、遍く全ての責任を負うべきだと私は思います。然し被告の内、誰一人として「加害企業の最高責任者として罪の一端を担いたい」と申し出た者は居ず、最高裁は事件の最高責任者は鉄道本部長だったと述べて元社長達を無罪としましたが、初代社長の井手正敬は三人の中で院政を敷いていた諸悪の根源であったにも関わらず、自宅での記者団からの問いかけに顔も見せずに不機嫌な声でインターフォン越しに「何も話すことはない」との一言で終わりでした。彼等がATSを敷設しなかったのは当時JR各社では利益競争が峻烈であり、西日本社長達三人はJR東海JR東日本に追いつけ追い越せの号令を掛け、経費を減らすためにATSを敷設しようとしなかったのでしたが、鉄道本部長が上からの諸経費節減の声に押されてATS敷設を具申できなかったことを読めなかった最高裁の判事達は余りにも愚かと言うべきでした。

広田弘毅は戦争当時近衛内閣の外相として南京事件での残虐行為(不当にでっち上げられた)を止めなかった不作為の責任を持って軍人を除けば文民として唯一人絞首刑に処せられましたが、彼が戦時中常に戦争反対を述べてきたことは誰もが知る事実です。然し彼は絞首刑の判決に対し一言も抗弁せず黄泉の世界に旅立ったことを知らぬ人はありません。彼は自分の政治家としての立場上、戦争を止められなかったことに深い反省と悔恨に自らを責め、莞爾として死を選んだのです。

彼は当時としては異例であった平民から宰相にまで進んだ異端児でありましたが死刑の宣告に対し一切抗弁せず「すべては無に帰して、言うべきことは言ってつとめ果たすつもりで自分は来たから、今更何も言うことはない。自然に生きて自然に死ぬ」と言いました。この言や良し、井手正敬達が彼の生き様を知らない訳はなく彼等が福知山線事故の責任逃れに終始したことは万死に値するものであって、企業の責任者として全くの失格者でありました。

漢検によく出題される「城狐社鼠」の諺は権力者達が自分達の権威に酔いしいれている間に、悪事を働く者共が出没することを謂います。一分遅れで尼崎の新快速に接続できなかっとき運転手や車掌に過酷なペナルティーを課した上司たちはまさに城狐社鼠でした。そして彼等の越権行為を見過ごした社長達等三人もその城狐社鼠を教唆した悪者なのにどうして彼等だけが無罪だったのかよくわかりませんが、どうやら内閣官房の意向でも法務省が忖度したのかもしれませんね?

城山三郎著「落日燃ゆ」にて広田弘毅の実像が描かれて居ますから、是非ご一読下さい。人の上に立つべき人とは井手正敬ではなく彼のような人を指します。

藤井聡太くん昨日は東京大学の学生名人を粉砕して27連勝まできました。あと二人ですが次が難敵だと思います。ガンバレ!藤井聡太。今日午後明石の明康殿で漢字検定です、どうか合格できますように…m(_ _)m。

先週の読めそうで読めない字 雉の距(けづめ)は立派な武器だ

今週の読めそうで読めない字 真実を(陽)ってはいけません

今週の毎日新聞万能川柳投稿句

(山手線 防カメ 安堵の男増え)