今年も庭の瓢箪池にトンボが来てくれました。シオカラトンボに良く似た黒いトンボで昨年まで来ていたムカシトンボとは少し違っています。近辺10kmには田圃も池もないのにどこから来たのかしら?池の水の香りって人間には分からないけどトンボには感知できるのが不思議でなりません。雑草に巣食っている蚊を食べたりして1時間ほど遊んで居てやがて居なくなりました。来年はどんなトンボが来てくれることやら^^。

先週、人間国宝の染色家志村ふくみさんの随筆「一色一生」を読みました。この方は大正生まれで戦争中に文化学園(広辞苑に唯一記載されている美術芸術専門学校)を卒業された才媛でとても教養が深い方で、30歳にして藍の道に入られた晩学の人ですが、それまでに培われた勉学が決して無駄ではなく藍の道を極めるための助走期間だったと思われ執筆された書物から溢れる教養の深さは驚くばかり、私には藍のことなど何も分かりませんがどんな世界に入って居られても一芸を極めた方は凄いと思いました。志村ふくみさんは「紺屋の白袴」と謂う故事の意味が間違っていると「一色一生」で指摘されて居ます。漢字検定問題の解答にも、「紺屋の白袴」とは「他人のことばかりにかまけて自分自身を構う暇がない」と書いてありますし、そのように学んできましたが事実はそうではなく、志村さん曰く、紺屋の作業は「白袴を履いて紺の甕に片足をかけては糸を浸してキリキリと捻り上げ敏捷に甕から甕へと軽業のように渡り歩いて捌く動作」と書いてありました。紺屋の仕事は幾つもの色に分けた藍の甕に瞬時糸を浸ける作業を延々と繰り返しながら、その間一度も白い作業着を藍の雫で汚さないのが匠(たくみ)の技であり格言の解釈は明らかに誤りだそうです。そうだったのか!紺屋の白袴は自分のことを構わないのではなく「匠の技」だったんだ!

志村さんは文筆に優れた才能を有する方でエッセイ「一色一生」で大佛次郎賞を受賞され、更に「語りかける花」で日本エッセイスト賞を得られた優れた文筆家であり、畑違いも甚だしい染織家との両刀使いですからもし染織家にならなかったら文筆家として一家をなされた稀有の才能の持主だったと思いました。

藤井聡太クン30連勝ならず…、残念でしたね、でも投了するときに、きちんと上着を身につけお茶を一口含んで駒台に手を置いて深々と一礼する姿は、周囲を魅了するものでした。「葉隠」の一節「武士道と云ふは死ぬことと見付けたり」を彷彿させましたね。好漢その姿ぞ良し、暗いイメージの将棋界を爽やかな世界に変身させた彼の功績は大いに讃えられねばならぬでしょう。日本将棋連盟には彼を只の広告塔と扱わずに大切に育てて行く義務があると思います。でなければ、東大が推薦入学で彼を獲得し学者にすることだって想定されるのではありませんか?

処で対局中途に昼食の注文があり彼は好きな「冷やし中華の大盛り」などよく注文していますが、いちいち小銭入れから千円札を出してお釣りなど小銭入れにしまっている処をTVカメラに撮影されているのは笑止です。対局中なんだから注文は連盟職員が受けてお金の精算など後で良いだろうに…、旅館でのタイトル戦になるまで食事は個人負担なのかなあ?

森友学園の書類は廃棄したとトボケを貫いた近畿財務局長が目出度く国税庁長官に抜擢されましたが、此れって論功行賞の見本でしょう。「佞臣」って言葉はこんな奴に対して使われるのです。一方確認できない筈の加計文書が出てきた文科省では事務次官等三人が厳重注意されました!此の落差は一体から何だろう?

先週の読めそうで読めない字 梅桃(ゆすらうめ) 楊梅(やまもも) 桜桃(さくらんぼ)

今週の読めそうで読めない字  (紺屋)の白袴