4月と聞けば入学式と“さくら”の開花ですよね、今日はその両方二つについて話して見たいと思います。
入学式と謂えば先週のサンデー毎日で東京大学など有名国立大学の高校別合格者の発表がありました。有名大学入学者の発表は数十年も前からサンデー毎日の専売特許でありましたが個人情報非公開となり個人名までは昔のように出なくなりましたが、この時期唯一同誌の売れ筋記事を止める訳には行かなかったようであり、さすれば各受験校に個別に問い合わせての合格人員の集計となりましょうから非協力的な高校もあることだし、コツコツと手探り同然のその努力には只々頭が下がります。
同誌を読んだのは本当に久し振りでした。孫が来年中学受験となると志望校を選ばねばならず愚娘の参考にでもと思い購入したものですが、読んでいて時代の推移とともに東大合格者数で高校の優劣を競う時代が少し宛去りつつあることを察しました。嘗て30年前は教育大駒場を押さえて東大入学数三桁でトップを誇った灘高校も最近は全国的な下剋上のムードに押されて表面的には凋落の一歩を辿り、今年は全国3位とは言え昨年の101名に対し79名と減少しています。4半世紀トップの座を譲ることのない開成高校ですら昨年は170名でしたから今年の140名は灘より減少人員は増加しております。
然し、どうやらその原因は地方勢の躍進もさることながら、灘や開成など有名進学校の受験生が量より質に転向し、東大、京大だけでなく全般的に国立大学の医学部志向が強くなって、東大、京大の合格者の数に影響が出てきているようです。灘校は東大、京大ともに医学部はトップであり東大では開成を一人抜いて13名が合格(合格総人員90名)し、京大では2位の東大寺の10名に対し25名合格(合格総人員105名)とダントツですから、質的には灘の学力が開成に決して劣っているものでないことが充分に窺えます。
然らば他の兵庫県勢の東大合格者はどうなのかと見てみると、相変わらず白陵、甲陽が23名22名と拮抗し、六甲の8名も健闘しておりますが、淳心の3名は大きく順位を下げ往年の勢いを失っています。公立では姫路西が11名小野が6名と踏ん張っているのに対し長田3名加古川東1名と同じ兵庫方式でありながら明暗を分かっています。人間は環境に流されやすい生き物ですからたった1名でも親和女子や甲南からの合格者は偉いなあと思ったりし乍ら、ふと20数年前愚息や愚娘の大学受験に一喜一憂した頃を思い出しほろ苦い感傷に浸された一刻(とき)でありました。
つい先日変わった記事に出会いました。お店からケーキなどを盗んだ罪で起訴された白髪交じりの男性が、過去3回も窃盗罪で実刑判決を受けており、裁判官の人定尋問にも住所氏名を決して明かすことなく、やむなく姓名の代わりに上野警察署留置番号第7号で通っており“釈放されたら直ぐに万引きをするに違いありません”と答えて裁判官や検察官を困らせて居るそうです。“社会に出ると生活のために食料品を万引きして暮らすしかない、社会に戻ると被害が増えるのでできるだけ長く刑務所に入れた方が良い”などと検察官が言いそうなことを自分が調書に供述していたそうですから、検察官も仕事の遣り甲斐がなく困ったでしょうね。衣食住の約束された刑務所暮らしを希望する怠惰な人間は世の中にはわんさと居ますから不思議でも何でもありませんが、この男の変わっている処は、判事の被告人尋問に対し”働く気持ちは持っているが、そう言ってしまうと社会のせいだとなってしまうから言いたくない“などと我が国の雇用対策に対する根本的な批判とも受け取れる発言をしている処です。
仕事をすることが自らの生き方と乖離でも覚えるのか何だかユニークで変わった囚人ですね。私が考えるにこの人はきっと東大か何処か有名校出身のエリートであり勤務先は一流企業か或いは上級官庁ではなかったでしょうか。何かの拍子にこの世が金と出世のためには何でも来いの汚い生地獄であることを垣間見て、人生に絶望し周囲からは羨望の自分の家庭生活をも見切りをつけ世捨て人になったのではないかと想像しました。
今月末には懲役3年が言い渡されるそうですが、裁判所も検察庁も困ってばかり居ないで顔写真を公開すれば全てが解決するのではありませんか(^^)
ひょっとして地裁から見れば雲の上の最高裁の上司だった方であることが発覚したりして…(;;)
31日の金曜日は楽しみにしていたスカイマークスタジアムでのさくらちゃんの始球式に勇んで行って参りました。すっかり桜も咲いて次の日は4月だと謂うのに、この日に限って寒いの寒くないのって本冬?一番の冷え込みではなかったでしょうか。待ち時間をひたすら冷たい手足をさすり乍ら我慢をし、さくらちゃん登場にシャッターを押し続け始球式の終了と同時に止まらない震えと共に帰宅しました。この間僅か1分と少でしたが待っている間のあまりの寒さが祟ったらしく夜になって高熱を出して寝込んでしまい翌日I先生に診察を受けましたが、これから熱が上がりますよと脅かされて家で横になっていましたが、今日日曜日はそうも行かずこのブログも8度5分の熱を押しての必死の作業ですがどうやら明日からの仕事は無理みたいです。処方して頂いた解熱剤を飲めば少しは楽になるでしょうが、折角私の体力が渾身の力を込めて熱を出し、風邪の菌をやっつけようとしている処へ解熱剤では身体は熱の出し損であり、風邪の菌は何処かへ隠れてしまい直ぐに悪さをしに出てくるに違いありませんから治らぬ風邪を引きずることに成り兼ねず、飲まずに熱でやっつけようと思います。先生の真意は高熱から肺炎にでも…との危惧であったと思いますが、そんなに柔い身体ではなく万一なればなったでそれが我が運命(さだめ)と思うことにしましょうか。それにしても気持ちだけ若くても歳には勝てませんね。(;;)
渋滞に捉まって始球式に間に合わなくては何もならぬからと…と愚娘の老婆心?が徒(あだ)となり4時半に事務所を出て球場とは反対の学園都市まで愚娘に送ってもらい、総合運動公園までは地下鉄で移動と謂う安全コースを選んだ結果、球場到着が早すぎて5時15分でしたが、もうオリックスの選手が練習を開始していました。
流石に清原の人気は凄くあちこちから“清原お帰り!”の声が飛び交いましたが、“ノリお帰り!”とは誰も言いませんでしたからファンは何でもよく知っていますね。(^^)
5時半夕日が西の空に沈むと急速に寒く差が増してきて50年前よく歌っていた♪“I hate see the evening sun go down”♪とセントルイスブルースを思い出す気分であり、滝川高校の吹奏楽や松蔭高校のチアガールなども早く終わることを願って只懸命に手足をさすり寒さと戦って居りました。待望のさくらちゃんがグラウンドに姿を現したのは試合開始直前の6時3分、39番のユニフォーム姿はとても可愛かったですよ。(^^)
大きな野球選手に囲まれては彼女もまるで子供のようであり、いつもの恥ずかしげな仕草は彼女の魅力を掻き立てるものでありました。背番号が39番なのは何故?と思いましたが、ゼッケンが39でありましたからさくら39(咲く)を掛けてのものだったようです。(^^)
今年も早く桜の散らないうちに1勝して欲しいですね。
愚娘から借りたキャノンの望遠を押し続けて僅か1分と少しで彼女の姿はグラウンドから消え去りましたが、彼女の投球がキャッチャーズミットにストライク(ワンバウンドだったけど)が入ったので観客から大拍手でしたよ。イナバウアーの荒川選手も日本ハム戦で始球式を務めましたがボールはバッターの遙か後方へ逸れましたから始球式はさくらちゃんの完勝でした。
カメラは望遠と謂ってもプロのとは違いますから、ピッチャーズマウンドでのさくらちゃんの顔写真は芥子粒のようにしか写らず、敢えてゼッケンのよく見える後ろ姿を採用しました。
沢山写真を載せたいのですがうちのブログは一日に1枚しか写真が載せられないのです、何方もご免なさい。(;;)特に今週お約束していたのに早春の梅花からまつ草を送って頂いた芦屋のNさんご免なさい。

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