早いもので師走も半ばを越えました、今年もあと僅かですね。年末調整最盛期を迎えています、年内は愚息が戦力にならないので残る四人で大変な毎日です。今日のブログは先週の続きとなります。

我が国で発行されている国語辞典は全部で20種を遙かに超えて居ます。国語辞典が一億冊以上発行されて居る超ベストセラーなのを皆様はご存じですか。ウソ!いいえ、入学祝いの贈り物だったり本棚の飾りだったりして辞書は読まれなくても出版社にとってとても美味しい商品なのです^^。皆様も本棚に埃を被っている国語辞典があると思うので一度取り出して読まれたら如何でしょうか、面白い解釈が一杯あると思いますよ。でも先週お知らせした「右」の語釈にどうしてこんなにひち面倒くさい表現が必要なのか不思議に思われたでしょうね?

私も初めはどうしてこんなに面倒でまわり諄(くど)い語釈が要るんだろう、この語釈を知りたい国語力の人なら語釈の中の漢字だって読めないんじゃないか?など不思議に思ったものでしたが、我が国の国語辞典の読者には日本語の教育を受けた日本人ばかりでなく沢山の外国人が居ることと、彼等や彼女達は日本語を憶えるために日本人の何百倍何千倍も国語辞典を繙(ひもと)いていることに思い至りました。日本人は全て基礎的な日本語を一通りマスターしているからこの語釈には奇異な感に駆られますが、「右」に限らず簡単の言葉でも丁寧な語釈が付けられているのは日本人だけでなく外国人にも分かって貰うためだったんだと思います。

「English English」といえば60数年前の学生時代に親しんだ英英辞典ソーンダイク・バーンハートが懐かしい思い出です。私達学生は英語の意味をより正しく理解するために英語の語釈をこの「English English dictionary」に求めて居ましたから、今の外国留学生達が英和辞典の続編として我が国の国語辞典を懸命に学んで日本語の語釈を知ろうと努めていることは当然のことでしょう。その意味で「右」の語釈について三国や新解さんの語釈は日本人には荒唐無稽であっても外国人には的を射たものなんだと思います。

現在我が国には全世界の各国から多くの留学生や在日勤務の方達が滞在され国語辞典の愛好者に彼等が圧倒的に多いことを皆様に知って欲しいと思います。其れも国語辞典の所有者の数ではなく読者が国語辞典を繙いている時間の長さと考えればどうなんでしょうか。外国人にしてみれば国語辞典は日本でのソーンダイク・バーンハートであり「Japanese Japanese」なんでしょうね。

因みに私の孫は東京外国語大学に学んでいますが、「日本語科」では誰が学んでるの?と聞くと「殆どが外国人留学生だよ」と返されて「宜(むべ)なるかな」と思いました。漢字の語釈今日はこれで終わりにします。

先週金曜日私が参りましたお得意先の告別式でとても驚いたことがありました。真言宗導師様の荘厳な読経が終わり参列者全員の焼香も終わって恒例の喪主挨拶になったのですが、挨拶の後で長男である喪主が自ら「哀愁列車」を唱わして頂きます、と言って朗々と三番まで譜面も見ないで歌い終わり厳粛な告別式がカラオケ会場となって終了しました.母親の愛唱歌なら一番で終わりそうですが、三番までは明らかに本人の意思であり、会葬者誰もが唯々唖然としました。一番驚かれたのはお棺に眠り三途の川を渡ろうとされて居たお母様であり、川に落っこちたのではあるまいかと危惧致した位です(;_;)。世の中には変わった人って居るもんですね。

先週毎日新聞に投稿した川柳

「子供部屋 鍵を付けない 法律に」

 

三省堂国語辞典の「姑息」

姑(しばら))く息(や)む

又すぐダメになるが、しばらくは間に合う様子。一時逃れとか卑劣なが二番目の意味

新解さんの「姑息」

姑はちょっとの意、息はやむ、其れで良いの意、根本的な対策は講じないで一時的にその場を切り抜ければ良いとする様子、俗にやり方が卑劣だ、に用いる。

二番目が知られた語釈だが、本来の語釈は余り知られて居ませんね。

因みに新潮国語辞典の「姑息」はしばらくやすむの意から、一時の間に合わせをすること。

 

先週の読めそうで読めない漢字

持ち寄った弁当を交(こもごも)に味わった。

今週の読めそうで読めない漢字

仕事の(果)が行く